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2001-01-01[n年前へ]

あけましておめでとうございます。 

 今年もよろしくお願いします。年賀状です。(リンク

一番の大吉 

 二千一年年一月一日にひいた番号が一番の大吉。非科学的極まりないが、気持ちが良いのは本当なのだ。

The Power of Dreams 

 HONDAのCM。大好き。やっと、鉄腕アトムの時代が来た。それが、良い時代になりますように。

2002-01-01[n年前へ]

どれも、みんな、「今日見た景色」 

 「今年の二月頃から、ほとんど毎日、その日眺めた景色を写真を撮ってきました。といっても、ポケットに入れたデジカメでとりあえず目の前のものをファインダーの中に入れて、…」
 何はともあれ、今年もよろしくお願い致します。
 そうそう、紙の年賀状は三が日過ぎてからいつものように書こうと思います、ハイ。(リンク

黄色い花と青い空 

 実家近くの神社へ行く途中で。(リンク

Year-End Google Zeitgeist 

 Nostradamusて何だかなー。from お笑いパソコン日誌。(リンク

2003-01-01[n年前へ]

Device Times 

 近況はパスして、某所というかはっきり言ってしまえば裏事情板から知ったDevice Times

2004-01-01[n年前へ]

「初日の出」と抜きつ抜かれつ 

実は、これから近くの山にスキーを背負って登って、初日の出を拝んで来ようと思っているのです。登るのは札幌市の藻岩山(531m)です。
コズミィ・カレンダーによりますと、(http://homepage1.nifty.com/cosmy/cosmycal/calcal_b.html)山頂での日の出は07:01、ゲレンデ下(173m?)での日の出は07:03とのことですから、2分以内に滑べり降りれば二度初日の出を拝めそうです。ぎりぎりですねー。せっかく時間をかけて登るので、もったいなくてできないですけれど…

 もし、いつか「初日の出」とスキーで競争したら、滑ってる間に朝日に抜きつ抜かれつ、何度も何度も初日の出を眺めることになりそうですね。太陽が稜線から上がってきたり、精一杯滑ってその太陽を稜線の下に戻してみたり、そんな-「初日の出」と抜きつ抜かれつ-するなんてとてつもなく面白そうです。そういったことは案外とたくさんあるかもしれませんね。

2004 

2005-01-01[n年前へ]

「あいだみつを年賀状」と「手抜き年賀状」 

2005年年賀状 送りつけてみたくなる「あいだみつを年賀状」(from 3年B組金八先生)を眺めながら、年賀状を作り始めました。例年のように、「届いた年賀状にのみ年賀状を出すシステム」を採用しています。このシステムは年賀状の作成作業が増大することがなく便利なのですが、「人間的にはいかがなものか」なのかもしれません。

 今年は、白黒プリンタでの印刷なので、白黒版画つながりでエッシャーの「昼と夜」 - 夜から昼へ向かう鳥(酉年ですし)を「低」解像度(Resolution)で出力したイメージ - を採用してみようかと思ってます。

元旦の景色 

元旦の景色元旦の景色元旦の景色元旦の景色元旦の景色元旦の景色元旦の景色元旦の景色元旦の景色






「本当のスー・チー・ヌードル」 

 12月31日の朝日新聞の特派員メモと「asian tribuneのBusiness cashes in on Suu Kyi's nameを比較した本当のスー・チー・ヌードルは?

New Year's Day 2005 

 日本時間9:50。札幌では雪が吹雪いて少し薄暗い一日が始まったようです。香港やカラチでは元旦の朝が明けていくところ。その先の国では、まだ大晦日から元旦にかけての夜の中のようです。地球が回って、太陽が東から西へ地球を照らしていくようすがわかります。2005年の始まりです。
9:50 in Japan14:15 in Japan17:40 in Japan21:30 in Japan24:40 in Japan

160枚の写真の中の写真の中の… 

Polaroid photography by Mark-Steffen Göwecke156th photograph '95年3月21日にフランスで撮影したポラロイド写真。できあがったポラロイド写真を砂の上に置いて、もう一度撮影してみる。…そして、今度はそのポラロイド写真を世界の違う場所において撮影してみる…。一番新しく撮った写真は去年の11月で、Polaroid photography 160枚近くの写真が撮られている
 一番新しいポラロイド写真の中には、その前のポラロイド写真が写っていて、その中にはもう一枚前の写真が写ってる。160の風景の中の風景が繋がっている。 fromSLN:blog*

New Year's Resolutions 2005 

千本浜 ブログの書き手たちの2005年の抱負(Resolution)を集めたNew Year's Resolutions 2005. はてなダイアリだったら今年の抱負という感じですね、きっと。




Apple 2005 

 色んな言語のApple resolution.
AppleAppleAppleApple Computer - Italia蕉巴陳濃斗坪軒焼

2006-01-01[n年前へ]

「空想プロジェクトマネジメント読本」 

Untitled 「シャア・アズナブルのプロマネスキルとスタイル」「ゴルゴ12に学ぶ調達マネジメント」「ワープ航法はスケジュール(を守るため)の救世主か?」「岡ひろみと宗像コーチから学ぶ人材育成手法」「(仮面ライダーの)ショッカーはなぜ世界を征服できなかったのか?」「(サイボーグ009の)ブラックゴースト団のまっとうなプロジェクトマネジメント」「科特隊のダメダメ指揮系統」…など、テレビ番組やマンガの中の「プロジェクトマネジメント」を考察してみよう、という「空想プロジェクトマネジメント読本」 全然内容を知らない「冬ソナ」以外の章をとても楽しく読む。

沼津 

沼津沼津沼津沼津沼津沼津






2005年から2006年へ 

2005年 4年ほど前から、ほとんど毎日、その日眺めた景色を写真を撮ってきました。といっても、デジカメでとりあえず目の前のものをファインダーの中に入れ、ただシャッターを押しているだけです。それぞれの「今日」に眺めた景色を、デジカメでただ撮り続けているだけです。…そんな写真の一部、2005年に撮った写真を並べてみたのが、上のコンタクトプリントです。だから、この写真はどれもみんな2005年の「今日見た景色」です。 一人で眺めた景色もありますし、誰かと飲んだりした後などに撮った景色もあります。だから、秋葉原・品川・北千住…この中の「今日見た景色」に見覚えがある人たちもいたりするかもしれません。

Untitled この「今日見た景色」を2006年になった今眺めてみれば、いつの間にか「2005年という昨日に見た景色」になってしまっていることに気づきます。昨日見たニュース "News"が、いつの間にか「新しいこと」でなくなってしまっていたことと同じです。「今日見た景色」は「今日」という瞬間にしか見ることができないんだなぁ、と当たり前のことを感じます。

 今年、2006年もまた「今日見た景色」に向けて私はシャッターを押し続けると思います。そのファインダーの中に写る「今日見た景色」はどんな景色になっていくのでしょうか。ファインダーからの眺め・眺め方はどのように変わっていくのでしょうか…? というわけで、今年もよろしくお願いいたします。

コトノハと池波正太郎 

 「キーワードに対して○と×をつけて、自分を表現する」コトノハをインターネットで眺め、テレビで池波正太郎を眺める。

人間とか人生とかの味わいというものは、理屈では決められない中間色にあるんだ。つまり白と黒の間の取りなしに。そのもっとも肝心な部分をそっくり捨てちゃって、白か黒かだけですべてを決めてしまう時代だからね、いまは。  池波正太郎 「男の作法」の「顔」から

2008-01-01[n年前へ]

未知の道が続いている 

久々のできるかな?を書きました。『「海面に写る太陽」の不思議 -初日の出と足元に広がるミステリー-』です。

 私たちが眺めている景色には、「たくさんの不思議」が満ち溢れている。私たちの目の前に転がっている小さなミステリーを解決しようと、その未知のものに一歩足を踏み入れた途端、ただひとつの例外もなく、その奥にはさらに未知の大きな世界が続いている。それは、何だか元旦と新年の関係に似ているように思う。元旦になった今日、新しい未知の一年が始まる。私たちの足元から水平線の先へ、未知の道が続いている。

2009-01-01[n年前へ]

「行く年」と「動的言語」と「来る年」と 

 12月31日から1月1日に日付が変わる頃、脈絡もなく、「人生」は「動的に色々なものが定まっていくプログラム」と似ているのかもしれない、とふと考えました。

 そのどちらも、実行前に何かが定まってしまうのではなく、その時その瞬間にさまざまなことが決まっていくように思います。そんな一行一行が積み重なり動いていくさまを、なぜか連想したのです。

 Rubyスクリプトを実行できる形に変換することができるRubyScript2Exeというものがあります。このRubyスクリプトは、他の(実行形式に変えたい)Rubyスクリプトを一行一行実行しながら逐次必要ファイル情報などを集めていき、さらにRubyインタプリタも内包させた上で、最終的に実行形式に変換する、というものです。

 こういった動作でアプリケーションが作られるということは、実行形式に変換する際のプログラムの動き次第で、最終的に作成される実行形式ファイルが違ったものになる、ということです。たとえば、こんなRubyスクリプトを作ってみます。

i=2008+rand(2)
if i>2008
  puts 'in case of '+i.to_s
  sleep 3
  require 'win32GuiTest'
  gui=Win32GuiTest.new
  # (中略)
else
  puts 'in case of '+i.to_s
  sleep 3
end
 RubyScript2Exeは、Rubyスクリプトを実行しながら、必要なものを逐次集めていきますから、実行形式作成時に1行目のiが2009になったとしたら、win32GuiTest.rb ライブラリが読み込まれることになります。しかし、もしも、iに2008なったとしたらwin32GuiTest.rbは読み込まれません。

 つまり、実行形式を作成する際に、"i=2008+rand(2)"でiがどうのような値になったかで、win32GuiTest.rb ライブラリの読み込みの有無が異なる2種類の実行形式ファイルができあがるのです。試しに、実行形式作成時のiの値が異なっていたことによる、(RubyScript2Exe.rbで作成した)異なる2種類の実行形式ファイル(2008.exe, 2009.exe)を置いてみました。

 さて、実行形式ファイル作成時に、"i=2008+rand(2)"が2008になり、win32GuiTest.rb ライブラリが読み込まれていない実行形式ファイルが2008.exeです。この実行形式ファイル2008.exeを(たとえば実際にあなたが)実行するときには、"i=2008+rand(2)"は2008になるかもしれませんが、2009になることだって1/2の確率であるわけです。

 もしも、2008.exeを実行する時にiが2009になったとしたら、必要なライブラリが読み込まれていないので、未定義のクラスや関数が登場することになり例外が発生することになります。

 さて、実行形式ファイル作成時に"i=2008+rand(2)"が2009であった2009.exeの場合には、実行時にiが2008になっても2009でも動作します。2009.exeは、"i=2008+rand(2)"が2009になった場合には「ペイント」プログラムを立ち上げて、「初日の出もどき」を描きます。"i=2008+rand(2)"が2008だったら特に何もしません。

 「行く年」や「来る年」を見て、その「行く年」「来る年」の中を歩いていくたくさんの人たちをみて、なぜか「動的言語」を連想しました。これが、2009年の一番最初に作ったプログラムです。

OSX Development






2010-01-01[n年前へ]

Rubyで書いた単純なカルマンフィルタの出力グラフ例 

 「Rubyで単純なカルマンフィルタを書いてみた」ので、そのスクリプトの動作させた場合の出力結果をグラフにしてみました(RubyソースはsimpleKalman.rbとしてここに置いておきました)。

Ruby simpleKalman.rb 50 > simpleKalman.csv
という風にCSVファイルにして、Excelで開き、結果を示したのが下のグラフです。観測ノイズがある中で(観測値が朱線で示したzです)、水色点線で示したxhat(この単純例では出力量の推定値)が、水色で示したx(この単純例では出力量)をそこそこ推定できているようです。

 さて、次は「C言語で整数演算だけを使いこの単純な例を実装するときの苦労をする」か「エクセルで説明用の実装をする」か、はたまた、もう少し面白そうなモデルベース予測あるいはシミュレーション計算予測との組み合わせ(たとえば、アクティブ制御のブラ)実現にでも挑戦してみるようか悩んでいるところです。

Rubyで書いた単純なカルマンフィルタの出力グラフ例






2012-01-01[n年前へ]

「未来を想像する力」で「旧暦のお正月」気分を楽しもう!? 

 「こんなものいいな、あったらいいな」と思うものを作りたくなることがあります。作れないことも多いけれど、ごくたまに、欲しいと思った時・その瞬間には「なかったもの」を作り出すことができることもあります。

 そんな時、ほんの少しだけ「未来」を作り出すことができたような、気持ちになります。「こんなものがあったらいいな」という願いは「未来を見て・感じて・味わいたい」という気持ちに似ていて、そして「何かを作り出すこと」は「未来を一部手元に引き寄せる感覚」に、少し似ています。そんな「ほんの少し先の未来」を思い浮かべ・想像し、そしてそこに辿り着くということを、わたしたちはいつも続けているのかもしれません。

 お正月は旧暦に祝いたい、と思うことがあります。旧暦の正月というと、年によって違いはありますが、一月下旬から2月中旬くらいです。日に日に日の出が早くなり、梅の花がもうすぐ咲き始める、そんな頃が旧暦のお正月です。俳句の季語なら一月は「春」の始まりになる、そんなことを実感できる時期です。

 けれど、新暦の1月1日には、そんな「春」を実感するのはまだ少し難しく、まだ寒い冬があって・春はもう少し先のこと…とも思えてしまいます。だから、新春という言葉が交わされる正月は、旧暦でこそ祝いたい、と思ったりします。

 その一方で、「ほんの少し先の未来」を思い浮かべ・想像し、ほんの少し先の未来「旧暦のお正月」までタイムワープをしてみれば、春の風がもうすぐ訪れる・陽気もほのかに香ってくる「、まさに新春」まっさかり…そんな心地にもなってきます。

 2012年、今年の春も間近になりました。さてさて、今年はどんな年になるんでしょう? 今年をどんな年へと、私たちはしていくのでしょうか。

2013-01-01[n年前へ]

「元旦の朝を連れて歩く」ことができる傘 

 横浜 みなとみらいに行くと、初日の出を待ち、人がたくさん立っています。ゴドーならぬ赤く染まる夕日のような朝日を待って、人それぞれ立ち続けています。水平線の向こうから太陽が上がるまでの間、ずっと何かを願っているかのように、人たちがたくさん立っています。

 下の写真は、そんな2013年の1月1日、朝日が出る瞬間の横浜みなとみらいで撮影したパノラマ写真です(インタラクティブ版はこちら)。

 元旦の朝、水平線から昇って来る太陽で染め上げられた空模様、そんな空模様の傘があったなら、太陽が見えない雨の日も、正月も過ぎて時間が経った時にでも、「元旦に願ったこと・一年の初めの気持ちを忘れず、いつでも連れて歩く」こともできるような気がします。

 ある場所・ある瞬間に撮ったパノラマ写真を、傘の内側にプリントしたら、ちょっと面白いかも、と思います。広げるだけで、特定の時空間にワープできるミラクルな傘になるかもしれません。

2013年の初日の出「元旦の朝を忘れず連れ歩く」ための傘