2002-01-03[n年前へ]
■Macの見やすいOsakaフォントをWinで使おうプロジェクト
で、VisualC++のフォントをOsaka9ptに変更。後で、スレッドの内容も眺めなきゃ、と。(リンク)
2003-01-03[n年前へ]
■キャッチボール その1
「わきめも」の「キャッチボール」を読みながら、ふとこんなことを考えた。
私にとっての私自身のWEBサイトは何だろうか。それは、多くの場合ひとりごとを漏らしてみる場のような気がする。公の空間の中で一人つぶやくひとりごとに似ているような気がする。
だから、私にとってそれはやっぱり「絵馬」とよく似ているように思う。それは、人のいる街中で、なのにその歩いているはずの人の姿がよく見えない街中で、たくさんの透明人間が生活をしているはずの人通りの中で、ひとりごとをつぶやいている感じによく似ているように思う。
そして、時折そのひとりごとに答えてくれる人がいる。ひとりごとに何処かにいる透明人間が答えてくれる一瞬だけ、透明人間は透明でなくなる。少なくとも、その瞬間には確かに目に見える人間が私のひとりごとに色んなアドバイスや返事をしてくれるように思う。その一瞬だけは透明人間ではなくて、そしてそれが繰り返されていると、それはいつの間にかれっきとした人間でしかなくなるように思う。そして、時にはそんな風に透明でなくなった人と実際に会ったりすることもある。
ボールをインターネットの霧の向こうに投げていると、不思議なことにたまにそのボールが返ってくる。人間同士のコミュニケーションとしてはとても洗練されていないぶん、とても不思議な気分になることがあるのも確かだと思う。飲み屋で例えるなら、偶然居合わせた何処かの誰かが突然私がつぶやいたひとりごとに割って入ってくる感じだ。一過性のそんなコミニュケーションと似ているような気がする。
ただ、とりあえずインターネットのキャッチボールで流れる時間の流れはとても速いようで、だけど、実はとてもゆっくりのような気もする。そしてまた、こんなメディアだからこそ、よく知っている人の意外な顔が見えたりもするのも、面白いところかも。
2004-01-03[n年前へ]
2005-01-03[n年前へ]
■キャラバンⅡ
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1975〜1980年にかけて、TBSテレビで朝の7:20(後に7:00)から放映されていた「おはよう720」(「おはよう700」)という番組が放送されていた。この番組の中の1コーナー「キャラバンⅡ」の影響で、旅をし続けることに憧れた人は多いだろう。リスボン→東京、アラスカ→フェゴ、アフリカ→東京…と、毎日車で旅をし続ける風景で一日が始まった人も多いだろう。少なくとも、ある世代には。
ダニエル・ブーン「ビューティフル・サンデー」もオリビア・ニュートン・ジョンもジョン・デンバー「カントリー・ロード」も、この番組とともに口ずさむ人も多いかも。
■何かが「ある」こと
アクティブにいきたいねと思いつつ日記 「どこまでもアジアパー伝」
何かが「ない」ことを証明するのは、何かが「ある」ことを証明するよりも、ずっとずっと難しいことである、と一般に言われる。それは真実なのだろうが、人間の感覚は理屈と違って、この法則に縛られない。つい軽率に「ない」と口に出してしまいがちで…
■?Immagin a/e ?
不思議な画像や絵画を作り出している?Immagin a/e ?。
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■「あしたのジョー」が顔を向ける「左の未来」
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「夏目漱石の孫の」というより「マンガ評論家の」という方が自然になった夏目房之介の「マンガの深読み、大人読み」では、ジョーとホセの試合で彼らが右に位置したか、左に位置したかを、そして、その左右の位置がどう入れ替わっていったかを考察し、さらに次のように書く。
右から左方向へと読む日本のマンガ文法でいえば、基本的に右から左へと時間は展開し、事件がおこる場合には左方向へと人物が解決に向かう。逆に主人公が右方向を向くと「戻る」「引き返す」という意味をおびることが多い。つまり、挑戦する「未来」は、常に左方向にあるのだ。あの「真っ白に燃えつきた」ラストシーンで丈は、やはり左方向を向いてほほえんでいる。(中略)燃えつきた「あしたのジョー」が、微笑んで顔を向けていた「未来」に、今僕たちはいる。
■「左の未来」と「右の正義」
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「左の未来」で思い出すのは、「英語で右 = rightが-正しい-のと同じく、ドラマにおいて善玉は右・悪玉は左に立ち、ウルトラマンのスペシウム光線も仮面ライダーのライダーキックも、もっぱら右から左へ放たれる」と書く「ヒーローと正義」だろうか。それとも、「右目(right eye = 正しい目)」を失明し「左目(left eye = 残された目)」だけで眺める世界を描く「Right Eye」だろうか。
のこされた私と、のこされた瞳は今日もまた目の前のものだけを見る。君たちと右目の代わりに。それでも、のこされたものは、のこされた瞳でのこされた夢を見つづける義務がある、いや自由がある。あのカメラマンが、それでもシャッターを押したように。あの戦場の光の真下で、悠久の時へ向けて。 「Right Eye」
2006-01-03[n年前へ]
■Thinkpadの「黒」「白」アンケートで見る国模様
Tech総研ブログ 平林 純@「hirax.net」の科学と技術と男と女にThinkpadの「黒」「白」アンケートで見る国模様〜ロシア・オランダ・クロアチアの共通点…!?〜を書きました。記事中の疑問「ロシア・オランダ・クロアチアの共通点は何だ?」は、ぜひ色んな方のご意見をうかがいたいところです。
(なお、下のサムネイル画像のリンク先は全て今回の記事です)
ところで、「黒色と銀色のどちらが良いか?」というアンケートの途中結果の世界地図(や各地域の詳細地図)を眺めてみると、なかなか面白い結果になっています。


2008-01-03[n年前へ]
■サーバ 整理
新しく作ってみたくなるだろう何かのために、mod_proxy + mod_proxy_balancer + mongrel に変えて、httpサーバ(mongrel)を10個止める。
私の作りが悪すぎて、データ取得部分で時間がかかっている「手書き画像検索+顔合成」のMake up Awards on Rails! "Images" や、「キーワード検索+顔合成」のMake up Awards! "Keywords" をいつか作り直したいなと思いながら眺め直すと、作者がアプリケーションの「画面遷移」や「やりたいことが最初から決まっている・見えているJOB」が苦手なのだなと、今更ながら思う。
■「バベル」
映画「バベル」は、田舎町にある映画館のレイトショーで観た。142分の上映時間がとても短く感じると同時に、坂本龍一の音楽を聞きながら、数え切れないたくさんのことを考えさせられた。伝え合えない"Discommunication"な世界を観ながら、言葉にならないことを感じた。
I just did something stupid.
同じ世界、少しづつ重なり合う世界で生きているのに、小さなことが大きなズレとなり、そのズレがただひたすらに広がっていく「無常に流れる時間」を描いた映画「バベル」の背後にそびえているのは「バベルの塔」だ。スクリーンに姿を現すわけではないけれど、バベルの塔がいつもスクリーンの向こうに見えている。
Do you want something to eat?
バベルの塔というと、16世紀のフランドル(今のオランダ・ベルギー・フランスの一部)の画家
ピーテル・ブリューゲルが描いたバベルの塔が有名だ。9月11日にテレビ画面に映った映像は、まさにブリューゲルが描くバベルの塔の一枚に描かれた景色のようだった。そんな、世界の大きなできごと、あるいは、身の回りの小さなできごと、どんなサイズのできごとも、こんな「バベル」なことで満ちている。そんな伝わらない言葉がばかりが溢れてる。
初めに言葉があった。 万物は言葉によって成った。 言葉によらずに成ったものはひとつもなかった。












