hirax.net::inside out::01月10日

2001-01-10[n年前へ]

想定読者 第2回(多分)

 「サーバー上へのバックアップにもなるし、なにより自分で読み返すのにとてもいいのです。つまり自分の為ですね。」by わきめも  うちもそうです。なので、WEB用の文書は想定読者が自分自身なので結構すぐ書けるのですけど、メールは書くのに時間がとてもかかります。

「デジカメと銀塩をどう使い分けているか」

「デジカメと銀塩をどう使い分けているか」ですけど、最近は銀塩カメラを持ち歩いていません。それどころか、たまに使う銀塩カメラといってもIXYかIXY D5だったりします。お恥ずかしい。ところで、コレ↓関係だったりします?これだったら、買うかも。(リンク

2003-01-10[n年前へ]

ありがとう

 「画像処理ソフトウェア」「ペーパークラフト」 おぉ、情報が追加されてる。ありがたいことである。そう、単に私自身が知りたいことを知れてうれしいのである。
 そしてまた、YukiWiki用のCSSを作って送って頂いた方には、心からのお礼をしたいと思います。というわけで、ここでお礼を書かせて頂きます。

本当の声を聞かせておくれよ

 「無責任と自由は違う。が、これを理解できてない人間が最近増えた」「ほんとに増えたんでしょうか?」という会話。さて、どうなんだろう。どうなんだろうか?
 「無責任」は何なんだって言われたら少しは判るような気もするけれど、「自由」って何だと言われたら、やっぱり何だかよく判らないような気がする。「フリー」ライターだった頃の枡野浩一ではないけれど、「自由って一体何なんだ」とぼやきたくなるのである。カフェインフリーとかデューティーフリーとかフリーライターと言われても、やっぱりよく判らないのである。まるで、それでは「何かの反語としての自由」「何らかの規制の反語としての自由」という風に響いてしまうのである。

 そういえば、私の高校は制服が無かったので私服だった。というわけで、私は制服フェチになったのである。自由な服に浸っていたくせに、そんな制服に憧れたりする(といっても男の制服なんか興味ないのである)のだから、何というか…。そしてまた、教え子と結婚した本田サミー先生に「自由が制限されているところに芸術が生まれる」と言われたのもこの頃だったなぁ。

 そんなことを考えながら、ふと気づくと何故か口が"TRAIN-TRAIN"を口ずさんでいたのにはビックリなのである。そう、話のもとは「 2chがIPアドレスの記録実験を開始 」なのだった。

    ここは天国じゃなんだ。かといって、地獄でもない。
    いいヤツばかりじゃないけど、悪いヤツばかりでもない。
    嫌らしさも汚らしさも、むき出しにして走っていく。

    見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる。
    本当の声を聞かせておくれよ。

    本当の声を聞かせておくれよ。

ibackup

 ibackup。「文章の編集作業にはそれなりに周期性があると考えられます。このような周期性を考慮すると、バックアップが必要となる場面は機械的に予測できるような気がしてきます」というフレーズだけでもとても素晴らしい。

2004-01-10[n年前へ]

風の強い夕方

 風の強い夕方に、堤防の上に腰掛けている人が二人。中学生くらいなのかな。そんな二人が持っていた紙袋がまるで糸の切れた凧のように飛んでいった。風がとても強いからなぁ。

 あと、十分もすれば、ずいぶんと暗くなるはずの千本浜で。

風の強い夕方






GUIとコンピュータの歴史

Personal Histories of the Desktop User Interface  一度は眺めてみても面白いし、きっと何かの役に立つハズ。
 MemexからWindowsXP, Mac OSXに至るまでのさまざまなユーザーインタフェースの影響の系譜やお馴染みのComputer Treeを眺めてみるととても面白いと思う。孤高の技術なんて実際問題あるわけがないし、そんなものが仮にもしもあったとしても、そんな技術はいずれ誰にも継がれないままに消えてしまうに違いないのだから、こういう系譜を眺めることで後ろと前を眺めてみるのも良いと思う。

 ここからたどって、The Xerox "Star": A Retrospectiveも懐かしくないですか? > Xerox Starに関係した方。

ワタシハイツモ「放置プレイ」

 思わず声を出して笑ってしまったこのフレイズ

この人さいつも着眼点もいいし作るものもおもしろいけどいつもそこで放置しちゃうねw
 確かに。ワタシハイツモ「放置プレイ」なのだった。…続いているのは「オッパイ星人との長い戦い」くらいか。なんてこったい。

あなたのサイトを探せ!

自分のサイトを探せ! WEBページのサムネイル画像作成&データベースCGI "webnail.cgi"のデータベースに登録されたサイトは今のところ6500サイト程度。主に、はてなアンテナに登録されていたり、あるいは誰かが言及したり、つまり、誰かが眺めたサイト群のサムネイル画像が6500ほど登録されたことになります。

 それでは、そんなたくさんのサイトのサムネイル画像のキャッシュファイルを全部並べてみましょうか。そして、それを眺めてみましょうか。

 リンク先のモザイク画像は6000 px. * 6000 px.で8MByteを超えるくらい、です。ちゃんとページを見分けることができる程度のサイズにしてありますから、よ〜く眺めてみたら、もしかしたらあなたのサイトもこのモザイクの中にあるかもしれません。いや、きっとあるに違いありません。というわけで、「あなたのサイトを探せ!」です。

 サイトの色によっては、自分のページを見つけるのはそれほど難しくないと思いますが、特に特徴のない色を使われてるページだとか、画像がないページだと難しいかもしれません。それでも、数千人が書いているページ群の中から、自分の書いてるものを見つけ出してみましょうか。あなたは何処にいるのでしょうね。

2005-01-10[n年前へ]

函南町

 函南町で。空に映える富士山や、空に伸びるどんど焼き用のわらや、空を横切る送電線。そんな景色が今日見た景色。

函南町函南町函南町函南町函南町






NEWS

カリタテル カリタテルを読む。この文章中で語られていることと直接は繋がらないこと、単に連想したことを、脈絡なく以下に書いてみる。だから、何かまとまった話ということでは全くない。

 私は新聞記者が「起きた出来事を一人でも多くの人に一秒でも速く届けるという役割」を重視する姿勢はあまり好きではない。「起きた出来事」を明らかにするには時間がかかる以上、「起きた(と思われるが、その確からしさは決して高くない)ことを多くの人に速く届けてしまうという自らの判断」の必要性・危険性を「その書き手」はいつも疑い・考え続けるべきだと思う。そして、新聞記者たちがそのような期待に応えて続けているかどうかは疑問に思っている(そう思う一方で、他人のことを気にする繊細な神経の持ち主は記者を続けることは到底できないだろう、とも思っているのだが)。もちろん、私たちの中の野次馬根性に対しては、記者達は期待以上に応えてくれていると思っている。

 「テレビニュース」はあなたの人生にとってなくてはならないものですか? ところで、毎日新聞というと署名記事の割合が他に比べて多い新聞社だという印象がある。私は社説というものの存在意義がよく理解できておらず、逆に意味もなく署名記事が好きなので、毎日新聞に対しては比較的良い印象を持っている(西原理恵子の毎日かあさんが連載されているからではない、多分…)。先の理系白書の書き手も書く文章の内容はさておき、その自らの名前の元に書く態度に対しては非常に好印象を持つと同時に尊敬している。また、「書く文章の内容はさておき」というのも、勝手な期待・勝手な理想を新聞に重ねてしまうせいで、そんな風に(勝手な)基準を高めてしまっているのだとも思う。そういう期待がなければ、眺めるだけで終えておけば良いだけなのだろうから(「理系白書ブログ」に関しても「毎日新聞『理系白書』の記者が作るページです」と書いてなければ、きっと何の反応もしなかったと思う)。

 以前、「テレビニュース」はあなたの人生にとってなくてはならないものですか?というアンケートを見たときに、それをとても強く感じたのだが、もしかしたら(私に限らず)時に新聞記者に対してぶつけられる「(皮肉で書かれる)期待」の裏には、「(勝手な高い)期待」があるのかもしれない、と思う。その「期待」をどう眺めどう応えていくかは、その人(記者や私たちの)それぞれに違うのだろうけれど。

「テレビニュース」というものに対する(私たちの)イメージは全て自分達に降りかかってくるに違いない。(私たちのイメージの中の)「テレビニュース」という言葉は「僕ら自身」と全て置き換えられるに違いない。そう思いながら、刻々流れる質問への答えを眺めている。  「テレビニュース」が世の中に与える影響は? -> 悪い  「テレビニュース」は信用できる -> No  「テレビニュース」はあなたの人生にとって    なくてはならないものですか? -> Yes。

月光天文台

 「月光天文台」はその名前がとても素敵で、建っている場所もその名前に名前に負けない。スペースシャトルの大きさは後ろの建物と比べて眺め、望遠鏡の大きさはその後ろのスペースシャトルと並べてみると、わかりやすいかも?

 「地球のを回る月」や「送電線」の写真は平行法で眺めてみれば、立体的にその姿がわかると思います。空に漂う雲や空に張られた送電線や、畑の向こうの林の向こうの鉄塔が、立体的に浮かび上がってくるはず。函南町の山村中の小さな公園にある地球の周りを回る月を、三次元空間の中で眺めることができるはず。

月光天文台月光天文台月光天文台月光天文台月光天文台






2008-01-10[n年前へ]

「ビジュアル言語」

 グラフィカルな表現でプログラムを表現しようという「ビジュアル言語」の話を読んだ。この記事を読んで、ふと思い出したことがあった。

 計測・制御などをする場合、National InstrumentsのLabVIEWや、CYBERNETのSimulinkといったツールを使うことが多いように思う。いずれも、(基本的には)アイコンをワイヤー(線)で結ぶ「ビジュアル言語」である。少し前の実験系の理系学生であれば、誰でも98BASICでGP-IBを操作するプログラムを書かざるをえなかったように思うけれど、現在では、そういった場合に使われるツール群がLabVIEWやSimulinkといった辺りに移行しているように感じる。LabVIEWやSimulinkをPC BOX上で動かして計測や制御を行った上で、さらにはFPGAやASICにしてしまう、ということもある。

 こういった「ビジュアル言語」を触り始めたとき、苦手だったことの一つが、「どこから実行されるのかわからない」「どこから眺めて行けば・理解すれば良いのかわからない」ということだった。そして、しばらくそういうツールを使ってから、ようやく気づいたのが「どこからも実行されている」ことを理解していないとダメなんだな、ということだった。「あらゆる箇所で並列計算が行われている」と普通に思えばよいのだな、ということだった。

 VHDLなどのハードウェア記述言語では、基本的に、すべての部分が同時に動作する。行番号順に実行されたりするわけではない。そういうことは回路図という「ビジュアル言語」を見たら当然のように理解できるかもしれないが、そういったことはVHDLを見ただけではわかりにくい。どうしても、上から順番に実行されるような感覚で読んでしまう。最初の頃には、そういう感覚でLabVIEWやSimulinkのダイアグラムを眺めていたので、「どこから実行されるのかわからなくてイヤ」と感じいてたように思う。

 もう一つ、画像処理に「ビジュアル言語」が向くだろうか。私が素人だからかもしれないが、そうは思えない気がする。

ラトルバックが逆転する瞬間のスローモーション映像

 チューインガムで誰でもできる「物理法則に反する!?超自然現象!?」の「ラトルバック」が逆転回転し始める瞬間をハンディカムで高速度撮影してみました。軽く折ったチューインガムを軽く回転させると、なぜかブルブル震え始めて、そしていきなり逆回転しだす瞬間の映像です。動き方を眺めていると、そのメカニズムを感覚的に理解することができるかも…?