2001-03-02[n年前へ]
■「早く人間になりたい!!」
栗田寛一に似てると言われた。確かにその系統の顔なのだろう。が、グレムリンのギズモとか、妖怪人間ベムとか、人間ですらないのは心外だ。「早く人間になりたい!!」と叫びたくなる。
2002-03-02[n年前へ]
2003-03-02[n年前へ]
■ナニカノカケラ
アスファルトの上に転がっていたナニカノカケラ。硬いガラスかもしれないし、軟らかなあめ玉かもしれないし、そんな硬さすらよく判らないナニカノカケラ。地面が硬いような軟らかいような、空気が暖かいような寒いような、そんな気分の日曜日。
■音匣ガーデン
高校生の頃から「花とゆめ」の愛読者だったワタシ。ふと、本棚から山口美由紀の「音匣ガーデン」を引き出してページをめくりながら、昔自分だけのために作ったꖪꗫꖴꆼꗫ튺を聴いてみる。
2004-03-02[n年前へ]
■常磐線
東天王台の近く。気づくと、週に二日はいつも出張が入っているような。
以前なら出張の新幹線の中は結構有意義な時間だったのだけれど、新幹線の品川駅ができてからその有意義な時間が消えてしまった。新幹線がどうにも揺れて、PCで作業をすることなんかできなくなってしまったからだ。本を読んでいるだけでも酔うし、それどころかその揺れには(特にトンネルの中では)恐怖を感じるくらいなんだもの。
2005-03-02[n年前へ]
■視線チェック
自分の視線をチェックした時に眺めていたのは、Culture Clubのビデオ画面。"Do You Really Want To Hurt Me?"を眺めているときの、自分の右目の注視点(眺めている場所)を調べてみたのだった(私の場合、左目もほぼ同じ場所だと思う)。例えば、こういった「注視点の変化を示した動画1、注視点の変化を示した動画2」である(画面中に小さな矩形で注視点の場所を示している)。

刻々切り替わるプロモーションビデオの画面を眺めているときの、自分の視線はなかなか意識でコントロールすることができなかったりする。そんな無意識の自分の視線を眺めていると、あらためていくつかの特徴に気がつく。
まず、一つめは人の顔が画面内に登場すると、瞬間的にその(新しく登場した)顔に視線を向ける。しかも、その顔の中の目の部分を眺めている。そして、それだけでなく、右目と左目が両方見える場合には、(私の場合は)相手の左目を優先的に眺めている。

二つめは、男女の区別は(少なくとも瞬間的には)していないようだ。視線の動きは対象人物が男性でも、女性でも何ら違いはなかった。もちろん、瞬間的な視線の動きではなくて、もっとゆっくりとした動きであれば(おそらく)違いがあるのかもしれないが、
そして、三つめは…、私の視線がなんだかヘンな動きをしている…、ということである。何だか(相手が男でも女でも関係なく)、胸に視線が引きつけられているような気がするのは、気のせいに違いない…。
■「科学技術と男と女」
Tech総研の「科学技術と男と女のニュース」が公開されています。
「男と女の恋物語」や、「男と女のトイレ事情」とか、、自分殻のを破って伝えるメッセージや…、そんな古今東西、東西南北〜NEWS (North East West South)の〜気になる出来事です。
■「箱根・新幹線こだま殺人事件」
時間がキチキチの今日この頃、とあるモノの受け渡しをどうしよう?という話題。で、その打ち合わせ時に決めたメモがこれ。
まず一人目のAが新横浜から、「三島行き切符」を買い、新幹線「こだま545号」に乗って2時54分に三島の5番ホームに到着する。それとほぼ同じ頃、二人目のBが箱根山中から車で三島駅へ向かい、三島駅で「(三島駅から)新横浜行きの切符」を買って駅構内に入り、三島の5番ホームに立っている。Aが「こだま545号」から降りた瞬間に、AはBに「(帰り分の)運賃代金」を渡し、BはAに「切符とモノ」を渡す。Aはそのままホームの反対側の6番ホームから、2時57分発東京行き「こだま」に飛び乗る。そして、BはAの乗車券で三島の駅構内から出る…。ほとんど鉄道・旅情ミステリの世界だ…。タイトルは…、「箱根・新幹線こだま殺人事件〜初春の三島駅ホームで起こった一瞬のミス〜」という感じにしておこうか…。
2006-03-02[n年前へ]
■最近のメディア事情 - iPodは世界を変える? -
日本画像学会主催の特別講演会「最近のメディア事情 - iPodは世界を変える? -」画像学会がなぜにiPodを?と沸く疑問の答えは、田中裕子さんの大ファンが画像学会に多く生息しているからに違いない。
(フリーのテクニカルライタ)田中様はキヤノンにてレーザープリンタの開発者として業績を残された後、テクニカルライターに転身され、ご経験を生かされて最新プリンタのテスト記事の執筆等に多方面でご活躍中です。
2008-03-02[n年前へ]
■「隣のおじさん落語」と「ジョニーBカップ」
「落語的笑いのすすめ」を読んで、あぁ「あの話」は色んなバリエーションの中の一つだったんだ…と気づかされた。
おじいさんがいた。おじいさんの息子夫妻に子供ができた。その子供は初めて喋った言葉は「おかあさん」だった。すると、次の日…息子の妻が亡くなってしまった。
そして、しばらくして、その子供は「おじいさん」と言った。翌日、おじいさんが亡くなった。
数ヵ月後、子供がついに「おとうさん」と言いましたので、子供のおとうさんは「明日が自分の命日か」と受け止めた…。しかし、次の日になると、隣家の男が亡くなっていた。
20年近く前、スキー場に向かうワゴン車の中で聞いたのは、「(それまで一人っ子だった)子供が、生まれたばかりの乳飲み子に嫉妬した。そこで、寝ている母親の胸にこっそり毒を塗った。すると、次の日、隣のおじさんが…死んでいた」という話である。趣向は少し違ってはいるけれど、これは全く同じ話だ。
雪国へと走る車中で、「オカマのジョニーはBカップ!」とシャウトした「ジョニーBカップ」もみんな知ってるJohnny B. Goodeのコードで奏でられていたのと同じく、それを聞いて腹を痙攣させながら笑っていたあのクダらない話も、こんな「オチ話」を踏まえたバリエーションの一つだったんだろう。20才の頃に楽しんでいたのも、オチ語や古いロックンロールのバリエーションだったりしたんだ。
Go, go.
Go, Johnny go, go.
Johnny B. Goode.











