hirax.net::inside out::03月05日

2001-03-05[n年前へ]

パパラッチ写真

 「あの写真を載せるという判断」が理解できない。が、そういう新聞を買い続ける人がいるのもまた確かか。

2003-03-05[n年前へ]

とりあえず。

 ジョナサンケイナーの「今週、あるできごとが起こります。その結果、あなたが“何かを支配できない”ことが明らかになるでしょう。でも、ご心配なく。同じできごとが、“それは大した損害ではない”ことを証明してくれるでしょうから」というアドバイスを真摯に受け止めることにしましょうか。

 それはさておき、今週は胃カメラ。そのくせ、再来週もバリウム…。しんどいなぁ…。胃カメラはもちろん全身麻酔コースで…。

2004-03-05[n年前へ]

フレディ・マーキュリー

 テレビでQUEEN特集をやっている。今はRadio Gagaが流れている。そんなクイーンのRadio Gagaを聞いていると、何故か私の中ではアルフィーとイメージがだぶる。フレディ・マーキュリーがアルフィーの桜井にしか見えなくなる瞬間がある。一回イメージがだぶってしまうと、数日の間はそのイメージが続いてしまうので当分私の頭の中ではアルフィー桜井によるQUEENの名曲のパワープレイだ。

 ちなみに、ホッケーでパワープレイと言えば、相手チームの選手が反則で退場し、味方チームの方が人数が多い状態のこと。

武蔵小杉のモスバーガー

 朝は武蔵小杉。午後は裾野。写真は武蔵小杉のモスバーガーに貼ってあった青いポスター。赤い看板の下の青いポスター。

武蔵小杉のモスバーガー






「日常を歌うのが一番難しいんだ」

僕は偉そうに人に意見する人がすごくイヤなんです。…だから、なんかの主張をがなりたてるよりも、普通の人たちの日常を歌にする方がいいと思うようになった。高田 渡

2005-03-05[n年前へ]

Jef Raskin

Jef Raskin, March 9, 1943 - February 26, 2005

今年の折田先生

orita_sense08徒然日記徒然日記 今年も京都大学に折田先生がやってきた。受験生達が大学にやってくるのに時を合わせて、アメリカン・ヒーローのスーパーマンならぬ、Dr.スランプのスッパマンがやってきた。

 「折田彦市先生は、…京大に自由の学風を築くために多大な功績を残した人です」という看板に対し、下記のような大学事務局の対応(その後)も良い感じかも。より、詳しくは偉大なる折田先生・その八を読むべし。

折田先生像の制作者の方へこの素晴らしい芸術的作品をおこの場所に展示しておくことは、盗難もしくは損傷の危険性が考えられますので、(以下省略)

魔夜峰央

魔夜峰央が長く続くのは、最前列(近く)にいたけれど一番手には一度も立ってないからだよね。一番手を続けていたら、なかなか十年は持たないからね。  いしかわじゅん BSマンガ夜話

2006-03-05[n年前へ]

北千住

北千住北千住北千住






「一番手」と「日常の歌」

 from n年前へ.

魔夜峰央が長く続くのは、最前列(近く)にいたけれど一番手には一度も立ってないからだよね。一番手を続けていたら、なかなか十年は持たないからね。
僕は偉そうに人に意見する人がすごくイヤなんです。…だから、なんかの主張をがなりたてるよりも、普通の人たちの日常を歌にする方がいいと思うようになった。

2008-03-05[n年前へ]

「広重」と「ゴッホ」について書いたこと

 いくつかのものを並べて眺めてみたり、あるいは、まとめて平均して眺めてみた時、ようやく浮かび上がり見えてくるものがある。たとえば、安藤広重の「名所江戸百景 大はし阿たけの夕立」とゴッホが描いた"Bridge in the Rain (after Hiroshige)"をを眺めてみれば、江戸とパリで時間と距離を隔てて描かれた、けれど不思議なくらい線が重なる景色が見えてくる。そう思う。

 広重とゴッホが描いた景色をモーフィングさせた時、その景色を眺めたとき、そのモーフィング画像の中に一体何が見えるだろうか。色の違いだろうか。それとも橋の設計の違いだろうか、それとも、歩く人の気配だろうか。顔料を通して見えてくる静謐感や躍動感だろうか。

 並べて眺めることで、初めて見えてくるものの一つが「立体感」だ。ゴッホ(など)の絵画などの絵画を並べて眺めることで、立体的にゴッホが眺めた景色を私たちも見ることができたり、する。不思議なくらい、立体的に見えてきたりする。

 広重「名所江戸百景」を3Dで再現しようという、"CG"名所江戸百景を眺めてみたり、114年前にゴッホが眺めた満月を眺めみるたび、とても不思議な気持ちになる。何しろ、空間や時間を、まるで透明人間のように、自由に行き来できるように(自分が眺めることができない、けれど、他の誰かが眺めている)景色を眺めることができるのだから。

 「左下」の画像は広重の東海道五十三次の中の「由井」で、「右下」が「由比」でいつの日かに見た景色だ。長い年月を隔ててはいるけれど、多分、ほとんど同じような場所で眺めた同じような景色だ。たぶん、コンピュータで相対的な色ヒストグラムで解析でもすれば、きっと同じような景色に見える。けれど、人が眺めたら、全然違う時代の景色に見える。地形は同じだけれど、自体は全然違う景色に見える、きっと、そんな写真だと思う。
東海道五十三次今日

 静岡県 由比にある「東海道広重美術館」の入り口には「版画体験コーナー」がある。「広重の東海道五十三次の「由比」を青・赤・黒の三色の版画で再現し、三色重ね刷りすることで、浮世絵の版画(世界初のカラー印刷技術)を体験しよう」というものだ。
 色毎の位置合わせは、手でやるにせよ、機械がやるにせよ、とても難しいことだから、(色あわせに祖失敗した)「見当違い」の版画になってしうことも多い。少なくとも、私はそんな見当違いの版画を作ってしまった。けれど、そんな風に版画を作る体験はとても楽しかった。

 カラープリンタが割に一般的になった現在、プリントゴッコで浮世絵を作ったりするのも新鮮で良いと思う。消しゴム版画で浮世絵を作ったりするのも、とても面白いと思う。
一色刷二色刷完成