2001-03-07[n年前へ]
■Right Eye & Left Eye
あの話で使った写真は本来左右が逆だった。話の展開上、写真の左右を入れ替えたのである。だから、どう考えても日本国内の取手で撮った写真にも関わらず、車が右車線を走ってしまっている。
ただ、それを書きながら、過去を見るのが右目で未来を見るのが左目にするのか、あるいはその逆にするかはすごく迷った。つまり、「過去を見る目がright eyeつまり正しい目で、残された方の目は未来を見ている」のか、あるいは「未来を見る目が正しい目で、残された方の目が過去を見ている」のか、どっちにしようかすごく迷った。
どっちなんだろう?
2003-03-07[n年前へ]
■手とマウスの接触領域を視覚化
Microsoftマウス/キーボード開発の裏側を記事にした中の「赤外線画像によって手とマウスの接触領域を視覚化」した図はなかなか面白い。特に、手の方の接触部を可視化したのが見た目に面白い。
■インラインLateral Deflection Shot方式
ソニーのインライン・インクジェットのスジ抜けを解決するための「Lateral Deflection Shot方式」 どうしてもインラインヘッドの歩留まりコストを悪かったのをLD Shotで救うという発想はとても面白い。乾燥スピードが速いインクはどこから買うのかな?値段は$399以下にしたいところかな。
2004-03-07[n年前へ]
■寄せて上げる「流体レンズ」
屈折率の異なる導電性の水溶液不導体を容器に封印し、印加する電界でその境界面の形状を帰ることで自由に焦点距離を変えることができる「FluidFocusレンズ」
なにげに面白かったのが、このスラッシュドットのコメント。重力でレンズが「垂れて」しまうかも、というコメントである。なんで、流体レンズでhirax.netにリンクが?と思ったら、水風船バストモデルで重力の影響を考えた「バスト曲線方程式」にリンクが張られていた。なるほど、確かに流体レンズも水風船バストそのものに違いない。
とはいえ、携帯電話のレンズというようなサイズであれば、つまりは小さな小さな携帯電話のレンズサイズの微乳(小胸さん)レンズであれば、力のオーダー的にはそれほど垂れないのかも。とはいえ、一眼レフのカメラのレンズのようなサイズ、つまりは巨乳レンズサイズになると、さすがに「寄せて上げ」ないと垂れてしまうように思えるけれど。
■捨てられたスヌーピー
捨てられたぬいぐるみが防波堤の上に寝転がって空を見ている。
今日は海岸のゴミが拾い集められている。拾い集められたゴミは袋に入れられて、数百mおきにまとめられている。きっと、このスヌーピーもゴミを拾い集めるときに拾われたものだろう。おそらく、浜辺の草むらの中に落ちていたものに違いない。
そして、もしかしたらこのスヌーピーをゴミ袋に入れることに躊躇した誰かが、防波堤の上に彼を座らせたのかもしれない。その後、風が強いせいかあるいは他の何かのせいでスヌーピーが防波堤の上で寝転がって空を見た、というところかな。
■一万円で「冠レース」
数万円以下の費用で、地方競馬の冠レースを実施できることを知る。例えば、福山競馬の「一万円で冠レース」なんていうものもある。「人大杉記念第2回2ちゃんねる特別」なんていうのもあったのね。
2006-03-07[n年前へ]
■「相手の問題は自分にも当てはまる」「自分の価値観」
週に2,3回くらいは出張がある。そんな時には、雑誌などを文庫本を買って、気に入ったページを破ってポケットに入れる。今日、破りとったページは、まずは週刊SPAの勝谷誠彦 「ニュースバカ一代」から、永田議員の話から始まる「高校生意識調査の巻」
…鏡に自分の顔を映してみた方がいい。そこには、彼(永田議員)とそっくりなあなたがいるんじゃないですか。…ところが、いかなる逆境でも、例えば共産党はふて腐れない。宗教政党もそうだ。むしろ、彼らは逆境をバネとする。それは、…確固たる価値観があるからだ。 勝谷誠彦 「高校生意識調査の巻」
2008-03-07[n年前へ]
■「ゲーム」と「名言」
濃縮され蒸留されている、と感じる言葉を聞くたびに、それをノートに書き留める。昔の人、今の人、さまざまな人の言葉を書き留めている。
少し前に聞き取ったのは、こんことだった。ゲームを心から愛する人が語ったこんな言葉だ。
少なくとも男性を動かす動機の根本にあるものは、多くの場合、金か女性だ。しかし、そうでないものが、数は少ないけれど確かにある。極めれば極めるほど、そんな一般的な動機からは外れていくものがある。しかし、そういったものこそを、「真実の趣味」と呼ぶべきである。
そして、そんなものは「(遊戯ソフトなどの)ゲーム」しかない、と思う。あえて、…さらに一つ付け加えるならば、それは「鉄道」というものだろう。
きっと、ゲームや鉄道以外にも、そんな「真実の趣味」があるのだろう。とてもくだらなく流れていきそうでもあるこの言葉は、なぜかとても素敵な言葉だと感じ、書き写したのだった。








