2003-05-21[n年前へ]
■JavascriptとPhotoshopで画像加工
Javascriptが得意なあなたはもちろんこことか、こことかを読んだでしょうか?えっ、画像加工のためにJavaScriptなんか作りたくない…?
■続・卓上プラネタリウム制作講座のヒミツ?
卓上プラネタリウムのペーパークラフトなどの付録つきで、6月4日頃から書店に並ぶという大平貴之氏の『プラネタリウムを作りました。』の編集者の方から、
卓上プラネタリウムを本の付録にする際も、もとになった本があることはうかがっていたのですが、書名をつきとめることができませんでした。型紙の設計や星の位置の計算などを大平さんが独自にやり直していることから、問題はないと判断したのですが、ずっと引っかかっていたのも事実です。というメール。大平貴之氏のページにも迅速に記述が加えられたとのことです。近日発売と言うことで、楽しみにする人も多いでしょうね。
■はてなの順位が妙に高い理由
この疑問の答えをはてなの作者側は意識して行っているとのことでした。
■今日のビックリ・折田先生像コスプレ誕生のヒミツ
京大生なら(今ではもちろんそれ以外の多くの人達も)知らぬ人のいない、折田先生像の誕生のヒミツがこのビラに。えーっ、そーだったのかー。あの白衣にピンクのヘルメットで武装する純愛主義者同盟を率いていた(中核と核マルが激しく戦うあのキャンパスで…)戸田氏が折田先生像のコスプレ誕生の母だったのかぁー。ちょっとシミジミ・ビックリ…と。
■鴨川レース
あぁ、そーか。吉田寮祭の季節なんだな…。ってことは、6/1(日)の昼には鴨川レースが開催されるのか。京都の街を流れる鴨川(の水の流れの中を)をエッチラオッチラ遡る仮装集団レースが開かれるわけかぁ。
もうすぐ夏だなぁ。
■googleplot: Google のヒット件数をグラフ化するツール
google API + ming で Flash のグラフを生成するgoogleplot: Google のヒット件数をグラフ化するツール。
2004-05-21[n年前へ]
■人を"幸せ"を願うのび太たち
「あの青年は、人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それが一番人間にとって大事なことなんだからね」と言われるのび太たち。二十一世紀の今、ドラえもん 恋愛編に収録されている二十一話を読んでみるのも面白いかも。 from YASWiki2実験室.
のび太 「ぼくと結婚したらしずかちゃんが不幸せになる、だから嫌われなきゃ」ドラえもん 「ばかばかしいとは思うけど、いじらしくもあるなぁ」
■自分への視線を発見・記録するメガネ
「赤外線を投光し、角膜からの反射光が瞳の中心に位置するかどうかを解析することにより、自分への視線を発見・記録する」というSmart glasses detect eye contact 。自分の見る外界を撮影しつつ(自分がだれを見つめているかを記録しつつ)、誰が自分を見つめていたかを記録するという面白いメガネだ。
文中には「赤目効果を作り出し」と書いてはあるが、角膜からの反射光なのだから「赤目」ではないだろう。通常の「視線入力」と同じことを(自分の瞳に対してではなく)他人の瞳に対して行おう、というものだろう。
ちなみに、「このメガネはビデオ・ブログやハイテクな日記にとって重要となるだろう」という記述も。 from Cubic::cubic
2005-05-21[n年前へ]
■「集中化と多様化」
昨日のスライドは本人としては「こんな感じ」、と解説して頂きました。それが、下のようなスライドです。
「集中化」と「多様化」 「集中化」 -> 改善力 良い解の近傍を探索すれば もっとよい解が見つかるはず... 「多様化」-> 探索力 悪い解の近傍に陥らないように 広範に探索すればずっと良い解が 見つかるはず...私の貧困な想像力で超訳すると、「良いものを知り(そこから学び、それを超え)、悪いものを知れ(反面教師として学び、新たな道を見つけろ)」という感じでしょうか。 (…きっと違う)
2006-05-21[n年前へ]
■エンジン内蔵の「自転車用タイヤ」
素晴らしく画期的なアイデアの「RevoPower The Wheel」一体何かというと、エンジン内蔵の「自転車用タイヤ」。外からタイヤを駆動するのではなく、タイヤの中から外の世界を回してしまえ、という逆転の発想が素晴らしい。格好良さ満点の動画も必見。これがたった$399.99なら買うかも。これが合法な国に移住したい、と思うくらいに欲しい一品。
■Paul Grahamは「ポール・グレアム」と表記しようキャンペーン
「Paul Grahamはポール・グレアムと表記しようキャンペーン」
ちょっとお勧め!?Ajax的「平林メソッド」_ から。平林さんにも賛同してもらいたいところ。ありがとうございます、助かりました。スライドの方は、直しておきます。(本文中に注釈を入れておきました)
2008-05-21[n年前へ]
■「言語の特徴」と「古池や蛙飛び込む水の音」
言語はそれぞれ個性を持っていて、それを学ぼうとする私たちは、それを新鮮に感じたり、それを面倒だなぁ、と感じたりする。たとえば、名詞ごとに性別があったり、複数形単数形で言葉が姿を変えたりする。あるいは、音の大きさでリズムが刻まれたり、あるいは、音の高低で言葉の意味が変わったりする。そんな特徴は、私たちを悩ませると同時に、不思議な面白さも感じさせる。
今週号の週刊SPA!の坪内祐三×福田和也「これでいいのだ!」を読んでいて興味深く感じたのが、松尾芭蕉の「古池に飛び込んだ蛙は一匹か?100匹か?」という話題だ。自然な日本語では、複数形と単数形をほとんど区別しない。だから、「蛙」という言葉が書かれていても、その蛙が一匹なのか、それとも100匹なのかはわからない。そして、「水の音」と書いてあっても、それが「たくさんの水音」なのか、「ひとつ響き渡る水の音」なのかは、わからない。
古池や蛙飛び込む水の音
松尾芭蕉
この「蛙」をラフカディオ・ハーンは"frogs"と訳し、正岡子規やドナルド・キーンは、"a frog"と訳したという。古池の水面に一匹の蛙が飛び込み水音が静かに聞こえるのと、たくさんの蛙が次々と水中に飛び込んでいき、その音が次々と響き渡るのとでは、全く違う景色である。全く違う世界だ。「終わり」と「始まり」という言葉と同じくらい違う趣(おもむき)の景色だ。
蛙が何匹であるのか、その水音はどんな響きなのか、それは読者の心が決める。その自由度が、曖昧であると同時にとても良い。













