2001-05-27[n年前へ]
■「先生がノビ太だったら、私が先生のドラえもんになります。」
先週のLove Storyの中山美穂の台詞。まるで、プロポーズの言葉に聞こえるよなぁ。言われた方はドキドキしそうだなぁ。あれ、そ、そういえば、そんなことを言ってる私が…(以下略)
これに対して、豊川悦司の「きみは、ぼくのドラえもんだ。」という台詞は届かずじまい、と。(リンク)
2002-05-27[n年前へ]
■con
先週の英語のレッスンでは"con"はネガティブだけど"sting"はポジティブなのだー、というような話をしてた。で、今日とても爽快な景色を見ててその話を思い出した。
橋の上で、自分の長袖シャツの腕の部分を器用に結んでいる男がいた。袖を結び終わると、そのシャツをちゃんと着て、シャツの中で両手を背中に隠す。これで、一見両手が無いように見える男のできあがりだ。あとは、イッセー尾形も勝てないくらいの自然な演技を通行人に向けていた。
思わずこの景色を見てうれしくなってしまった。この景色はポジティブなのか、ネガティブなのかそれが問題なのである。が、キレイはキタナイ、キタナイはキレイでとにかくうれしくなってしまったのである。
■道端に咲いてた黄色い花。
小さい花だけどなかなか頑固そうな感じに咲いてた。(リンク)
2003-05-27[n年前へ]
■Postscriptでライフゲーム
プリンタ記述言語のPostscriptでライフゲーム。おぉ、Postscriptでレイトレーシングなんていうものや、Postscriptでhttpdなんていうのも…。
■仮称NEKO@HOME
今日の夕方に簡単なデータ処理プログラムを書いた。すると、プログラミング素人の私が作ったので、当たり前のように計算領域のごく一部を計算するだけで10分弱も計算時間がかかるプログラムができた…。しかも、大領域で計算しようとすると2GB程度のメモリだとすぐに落ちてしまって計算ができない…。
で、まともに考えれば計算ルーチンを推敲して作り直さなければイケナイわけなのだけれど、「できるかな?」的な無意味に大富豪プログラミングに走るクセのあるワタシは、質より量の並列コンピューティングに走ることにしたのである。もちろん、それはPS2クラスタリングの記事に影響されたに違いないのである。
というわけで、「ネコがネットワークからデータを取ってきて計算した後で何処かへ返しに行く」というソフト仮称NEKO@HOMEに着手することにした。さてさて、どうなることやら。
2004-05-27[n年前へ]
■高性能コンピューティング向けのWindows
マイクロソフト、スパコン用OS「Windows Server HPC Edition」開発に着手という記事。「デスクトップバージョンのWindowsに専用のソフトウェアを組み込み、PCの処理能力をかき集めて利用できるようにすることも可能なため、企業は自社で保有するコンピュータをさらに有効活用できるようになる」という辺りは興味を惹かれる。
2005-05-27[n年前へ]
■大阪府立大学
大阪府立大学で、印字(画像)出力市場の10年後、に関するシンポジウムを聴く。個人的には、アラン・ケイの言葉で話を締めくくった富士ゼロックスの深瀬氏の話と、マーシャル・マクルーハンの言葉で締めくくったリコーの平倉氏の話に興味を持った。もっとも、興味を持ったのは人と言葉のひき方という点だった。
「アラン・ケイの言葉で話を締めくくった深瀬氏の話」には、「未来を予想しよう」というシンポジウムと「未来を予測する最良の方法は、未来を創りだすことだ"The best way to predict future is to invent it."」というアラン・ケイの言葉とどう両立するのか、を聞いてみたくなった。また、「マクルーハンの言葉で話を締めくくった平倉氏の話」には、マクルーハンの言葉に繋がるフレーズを眺めると、フォーカスされるべきは出力技術自体ではないのでは?という質問をしてみたくなった。いずれも、答えを期待しなかったので、結局質問はせず。
Gutenberg made everyone a reader,Xerox made everyone a publisher. Marshall McLuhanAnd, personal computers are making everyone an author. Stewart BrandAnd, the Internet has made everyone a commentator. Christian Science Monitor;June 19,1995
2006-05-27[n年前へ]
■プロジェクトX風プレゼン
疲れて頭が回らなくなってきたので、気分転換に「プロジェクトX風プレゼン・テンプレートファイル」を作ってみる。プレゼン中盤までは比較的ありがちなストーリーだと思うのだが、中盤から後半は普通は無理だろうなぁ。むしろ、序盤よりもっと悲惨なのが一般的だろうなぁ。テレビに出てくる「最後にはちゃんとわかってくれる人たち」ばかりでもないだろうし…。
■「本来のプレゼンテーション」
以下は、ちょっと疲れたので、気晴らしに適当な書いてみた文章です。「さいごに」という小タイトルがつけられた、そんな文章の一部です。
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プレゼンテーション "presentation"という単語は、"present" に接尾辞"ation"が付け加えられた抽象名詞です。"present"はラテン語の”pre”(前に) + "sun" (存在する"to be"という"esse"の過去分詞)からきている言葉ですから、つまり、「目の前に存在する」ということがプレゼントです。だから、「今・現在」「現在そこにいる」「贈る・与える」ということが、つまりはプレゼント="present"なのです。大教室の教壇に立つ先生の目の前に生徒が出席していたり、誰かに贈り物をその場で見せて渡したり、あるいは、聴衆の目の前で「発表者が話をちゃんと見せる」こと、それがプレゼント(プレゼンテーション)です。どんな場面であっても、相手が「確かに目の前にあると実感できる」のが、本来のプレゼンテーションというものだと思います。
どんなことにも、「すぐに簡単にできる」万能な王道なんて存在しないように、…(以下省略)
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2008-05-27[n年前へ]
■「色んな単位」と「”メガ”+”乳”=”メガ乳”という方程式」
「メガ乳」という言葉の発明者と会ったことがある。マクドナルドのハンバーガー「メガ・マック」などをきっかけに、メガ×○△といった言葉を良く聞くようになったが、最近では、この「メガ乳」という言葉が使われることも多いらしい。「100万倍」を意味する科学用語・単位「メガ」が、こういった用途に使われるということに、奇妙な新鮮さを感じる。
科学離れが語られる今日この頃だけれども、こんなことにも「100万倍=メガ(mega)」という科学用語が使われているのだ。科学と日常生活の距離は、ずっと昔からそうだったように、(もちろん、近いとも限らないが)決して遠くはないのである。
よくよく眺めて見ると、「メガ」+「乳」=「メガ乳」という言葉は、案外良い組み合わせだと思う。たとえば、「メガ乳」の10億倍を意味する「1000兆倍=ペタ(peta)」では、「ペタ」+「乳」=「ペタ乳」になってしまう。これでは、妙にフラットな印象をかもし出してしまうように思う。それなら、むしろメガの10万分の1の「10倍=デカ(deca)」の方が迫力を感じるような気がする。
単位系を眺めているうちに、結構気に入ったのが「1兆分の1=ピコ(pico)」だ。「乳」という言葉の接頭語としては、「ピコ」も結構似合うような気がする。













