hirax.net::inside out::*-05-28

  

2001-05-28[n年前へ]

今日のオッパイ・ウソ・ホント。

 私は You Scored 17 out of 20. RANKING:Professional Rack Inspector from お笑いパソコン日誌。
 ふと、思ったのは「この形は不自然だ。だが、小さいから本物なのでは?」という思い込みが満点への障害なのでは、ということだ。つまりは、満点以外の人はオッパイ星人の気があるのでは?ということである。
 とはいえ、満点の人はそれはそれでオッパイ星人か。(リンク

2002-05-28[n年前へ]

Poptronics

 完全にフリーな一日。ということで本屋でPopular ElectronicsとElectronics NOW改めPoptronicsを買った。なんと、いつの間にか名前が変わってた。Electronics NOWってどんなのだったかな?
 それはともかく、Popular Electronics改めPoptronics(あとPractical Electronicsも一押し)は機械好きな子供が読むときっとはまるハズ。これを毎月買ってれば、PICでロボットやなんかをガンガン作れるようになるハズ。あと、おまけできっと英語も得意になるかも。ワタシの言うことでは全然信憑性に欠けるが…。

Nifty->hirax.net

 の経路がおかしく、メールが送受信できない。が、至急メールを送らなきゃいけないのに、これではマズイ。というわけで、使いづらいGRIC経由に急遽変更。

今日の青空

 青空を眺めてみたり、みどりの池を眺めてみたり、近くの公園で惚けてた。暑いけれど気持ちが最高にいい。(リンク)(リンク)(リンク

2003-05-28[n年前へ]

今日の反応 お笑いパソコン日誌編

 「はてなダイアリ」だと、何の苦労もなくrefererが集計されてしまう。だから、コンピューターが苦手なユーザーでも「何処で反応があったかを知って」遊びに行くことができて、話の輪を広がりやすいというのが「はてなダイアリ」の特徴だと思う。もちろん、tDiaryだってそうだと言われるだろうけど、コンピューターが苦手なユーザーにはtDiaryはちょっと敷居が高いだろう。
 しかし、なんといってもtDiaryには何人ものプラグイン開発者がいるところが素晴らしそうだ。はてなダイアリの方は「小人さん@近藤さん」がいくら働き者と言っても一人で、しかも空き時間に作業するだけではかなりシンどそうだ。
 それはともかく、「なんで、お笑いパソコン日誌にはなんで記事単位でアンカーがないんだー」「リンクを張りたいのに不便だー」とこれまでに何百人もが叫んだことがあるに違いない、と思ったのである。

新潮文庫で色占い

 nobodyさんのはてなダイアリから「新潮文庫も著者が背の色を選べる、もしくは過去においては選べた」という情報が。
 本屋に行って文庫本を眺めるときは、その背表紙の色を選んでいる著者の気持ちになってみるのも、面白いかも。
 もちろん、講談社文庫についての情報も「こんな情報」とか。で、こんな風に情報がすぐ集まるところが、はてなダイアリのrefererの便利なところ。自分のサイトのログはめんどうでチェックしないけど、はてなダイアリのrefererはいやでも目にはいるから、ね。

2004-05-28[n年前へ]

道端の花

 朝、駐車場で眺めた景色。

道端の花道端の花道端の花






「そもそも」

 「『そもそも』という言葉を頻繁に使う人は、ほぼ例外無しに(本人が意識してるのかは別として)人の意見を聞く気がない」

2005-05-28[n年前へ]

「狭い世界(せかい)」と「世間(せけん)が狭い」

あさひ高速印刷株式会社日本電子計算 Mathematica 最近はPCを介して作業可能な仕事もたまっているので、あまり意味のない雑務に追われそうな今週は外へ出ることにして、神戸大学で開催されていた「ヒューマン・コミュニティ創成研究センター開設記念シンポジウム」やら、niftyとココログ出版を行っているあさひ高速印刷へ行ったりしていた。シンポジウム中の分科会「数理科学と音楽の融合」では仕事?を一緒にしたことがある日本電子計算の方が講演の一部を担当されていたりして、「あぁ、世界(せかい)は狭い」と思った。そして、あさひ高速印刷でも「はてなダイアリーブック」を眺めながら、氏のはてなメンバーとの接点を伺ったり、「ハッカーと画家」の話などを伺うと、「世界は狭すぎるかも」とまた思った。しかし、すぐこんな風に考え直した。

はてなダイアリー - ハブ空港とは 確かに、「世界は狭い」かもしれない。なにしろ、「アメリカで、誰かが(自分の知り合いからスタートして)6人の人を介したら"=six apart"、アメリカ中の人が繋がっている」という実験があるくらいなのだから。日本だって、(日本の人口から、多く見積もっても)6人の人を介せば日本中の人と繋がっているわけなのだから。
 しかし、そんな風にたった「6人という距離」で日本人が繋がっていることは「ハブ空港」のように非常に他の人との繋がりが多い人たちが存在しているから、である。そういう「ハブ的な人たち(多くの人に知られ、人を知っていて、人を繋ぐ人たち)」がいなければ、多くの人が近くで繋がったりはしないし、「世界が狭く」なったりしないのである。先の「世界は狭い」と感じさせた「日本電子計算の方」も「あさひ高速印刷の方」も「はてなの方々」も、おそらくそんな「ハブ的な人たち」なに違いない。だとすると、「世界が狭い」なんて風に驚く必要は無いように思える。

深夜特急 '99 ところで、「数理科学と音楽の融合」の講演はジャンル的には大好きな話だったのだが、聴いていてちょっと辛くも感じた。おそらく「教授陣」の「世間が狭すぎる」せいだと思うのだが、(おそらく技術背景などの知識がないために)内容的に10〜20年以上は古い感じであった。(「狭い世間」で自分を育てなければならない)所属する学生さん達はちょっともったいないかも、と感じた。境界科学は「教授陣(時には上の人の真似をした学生自身の)の狭い世間」を理由とした、「閉ざされた社会の中で自己完結し、外にアウトプットが出ない」という病気にかかりやすいと感じることが多い。神戸大学のシンポジウムの場では、その典型的な症状を感じた。

 「世界が狭い」と「世間が狭い」は180度違う。「狭い世界」を造り出すのは「知り合いが多いハブ的な人の存在」であり、「狭い世間」を造り出すのは、「周囲状況と繋がらず離れてしまっている人」である。「世界が狭い」は「広い世界」を引力が強い人がねじ曲げて色々な場所を繋げていた結果であり、「世間が狭い」は「広い世界」を知らず閉ざされている状況である。「世界が狭い」と「世間が狭い」は大違いなのだから、自分が考える「世界(というもの)」が、果たしてそれは「(自分の外に広がる広い)世界」なのかそれとも「(自分の周りの狭い)世間」なのかを問い直す作業が必要だと思う。

長岡天神

長岡天神長岡天神






整髪剤の散布図

Untitled 最近、良い感じに作られたグラフを見かけるようになった。大雑把な印象では、広告や雑誌で、散布図を特に多く見かけるようになった気がする。
 というわけで、これが今日見た「整髪剤の散布グラフ」


2006-05-28[n年前へ]

一生懸命努力している人のビデオ

 '94年にワールドカップで優勝したブラジル代表の主将、ドゥンガが集中力・意識を高めるために予選時からビデオを見た、という今朝の朝日新聞に掲載されていた記事から。

私が印象に残っているのは一生懸命努力している人のビデオだ。工事現場で働いている人、10キロの道のりを歩いて学校に通っている少女ら、頑張っている人だ。

原子核になった人 "Juggling in a Cone"

 透明な円錐を逆さに立てて、その中に入り込む。つまり、透明な漏斗の中に入り込んで、ボールを転がしジャグリングをする、というビデオ"Conic - Juggling in a Cone (Preview)" なんだか、人間が原子の世界の中に入り込んでしまったような、そんな感覚になるビデオ。
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「世界の広さ」と「耳を傾ける」

 今日の「n年前へ」は「狭い世界(せかい)」と「世間(せけん)が狭い」「そもそも」などです。

「世界が狭い」と「世間が狭い」は180度違う。「狭い世界」を造り出すのは「知り合いが多いハブ的な人の存在」であり、「狭い世間」を造り出すのは、「周囲状況と繋がらず離れてしまっている人」である。自分が考える「世界(というもの)」が、果たしてそれは「(自分の外に広がる広い)世界」なのかそれとも「(自分の周りの狭い)世間」なのかを問い直す作業が必要だと思う。

2008-05-28[n年前へ]

『専門家11人に「経済学」を聞く! 』と『11人いる!』

 私個人の感覚としては、『理系サラリーマン専門家11人に「経済学」を聞く!』の「11人に聞く!」というタイトルは、萩尾望都のSF漫画「11人いる!」の暗黙的なパロディです。

 小島寛之先生に、「10人の経済学者がいれば、11個の経済学説がある」という話を聞きました。その時、ふと「11人いる!」を思い出しました。あの話は「ロケットに乗ったのは10人のはずなのに、なぜか11人いる!」という話でした。「11人いる!」の結末は、「宇宙では思ってもいないことが起きる。必ず想定外のことが起きる。そんな時にどうするかが宇宙では重要だ」という感じだったように思います。

 宇宙大学への入学のための試験会場の宇宙船へ着いてみると、10人のハズが1人増えていた!

 そんなことを、玄田有史先生に話を聞いた時にも、感じました。上の言葉の「宇宙」を「人生」に置き直したら、玄田先生が語る言葉に近いように感じたのです。あえて書いてしまえば、それは、「人生では思ってもいないことが起きる。必ず想定外のことが人生では起きる。 そんな時にどうするかを知ることが、本来の人生教育だ」というような具合です。

 というわけで、経済学者が「11人いる!」と気づいた時に、何だかちょっと面白く・そして何故か当然のようにも感じたのです。

 宇宙はつねに変化に満ちている概念が通用しない場合もある常に異端の11人目が存在するようなものだ。