2002-06-23[n年前へ]
■あなたが描く私の木漏れ日
「あなたの木漏れ日・ストリーミング」はやってみたら面白いかな? とりあえず、木もれ日プロジェクトの方はあと一週間。「近くを通るなら」ホントにお勧め。(リンク)
■あなたのとりこ
そういえば、ICIS'02の場だったか?で「緑水のCMで使われたこの曲って良いですねー」と某氏に言ったら「あれは初代EOSの頃のCMソングで使われてましたよねー」と言われた。EOS620ユーザーだった私としては、そー言われてみるとちょっと不思議。
考えてみれば、Ftb->EOS620と使っていたせいで今の私があるわけだけれど…。(リンク)
■いっき
このゲームを初めて見たのは、高校から下校途中の花小金井駅前のゲームセンターだった。と、言っても次にそれを見るのはそれから遙か後に中古のファミコンゲームとしてだったか…。
もー、最初にやったときには、2Pの相方が「パワーアップアイテムの竹槍」をとったばかりに、役立たず野郎に早変わりしていたのにはビックリすると共に、笑いが止まらなくなったのだった。懐かしー。(リンク)
2004-06-23[n年前へ]
■負け犬になるな。なったとしても…。
負け犬になるな。負け犬になったとしても、遠吠えはするな。西村紳一郎の大学時代の恩師の言葉 「化学」 Vol.59 No.4(2004)
■文章の書き方・文書の作り方
適切な文字のサイズや配置等の情報がまとめてある「文章の書き方・文書の作り方」CSSレイアウトなんかをする時も、古きに学び…で組み版に関する資料を眺めながらやってみるのも良いかも。
■宇宙の音を聞く
「宇宙誕生後の最初の100万年分の音を約5秒に短縮し、可聴域まで周波数を上げて聴いてみる」という話。夏の晴れた青空を見上げながら、あるいは梅雨の合間に見える夜空を見上げながら、そんな音に包まれてみるのは、とても良いかも。宇宙の誕生後から100万年分、だけどそれはほんの一瞬。
■The Gettysburg Powerpoint Presentation
リンカーンがGettysburg演説で用いたという(もちろんウソ)PowerPointプレゼン資料The Gettysburg Powerpoint Presentationとその作成過程。この資料は結構有名だったらしいが、全然知らなかった。"all men are created equal."と言っても、まだ男女平等ではなかったという。それでも、内容を読み直せば今でも新鮮に感じる。
新しい自由を生み出すことを決意し、そして人々を、人々自身の手によって、人々自身の利害のために統治することを、この地上から消え去さらせはしない、と決意することなのですエイブラハム・リンカーン岡田晃久+ 山形浩生 訳
■PowerPoint関連情報
PowerPointに関する論議を集めたpowerpointless?と、なるほどこんなものもあるんだと思わせるPowerPoint Weblog. ちなみに、Gettysburg演説のPowerPoint資料はここから知った。
2005-06-23[n年前へ]
■「3つの質問」その4
「梅田望夫さんが見ている、どこか遠い世界」「同世代の企業人を見つめて悩んでしまうこと」を眺めながら「3つの質問」を思い出す。そして、「カッコがつかない…?いやきっとつく。」も思い出す。私が「3つの質問」を、ふとしてみた相手ははてなの方々だったが、「カッコがつかない…?いやきっとつく。」の文章を書くきっかけになった、「愚者の楽園」もやはりはてなという会社を眺めた時の感想だった。
一見対極的に見えるものを、その両方を兼ね備えたものがもしもあるならば、それはとても素晴らしいと思う。その逆を言うならば、いずれか片方だけのものはなんだか少し寂しいと思う。対極的なものとして、「強さ」と「弱さ」を例にするのであれば、「強さ」と「弱さ」を兼ね備えたものの方が私は好きだ。
2006-06-23[n年前へ]
■神田・三島
オームビルでOpenCVの講義を受講した後に、三島で「経済学の歴史」を若いアメリカ人に聞いてみた。サラサラと、年号や人名あるいは署名をホワイトボードに書いてもらいながら、彼の視点から見た話を聞く。過去の人たちが(彼の視点から見て)どのように世界観が違うのか、その過去の人たちが他に文化にどのような影響を与えたのか、そんなことを、他の視点から聞くことができるのが、何より一番面白い。
■「強弱と勝ち負け」
fromn年前へ
一見対極的に見えるものを、両方兼ね備えたものがもしもあるならば、それはとても素晴らしいと思う。その逆を言うならば、いずれか片方だけのものはなんだか少し寂しいと思う。対極的なものとして、「強さ」と「弱さ」を例にするのであれば、「強さ」と「弱さ」を兼ね備えたものの方が私は好きだ。
負け犬になるな。負け犬になったとしても、遠吠えはするな。 西村紳一郎の大学時代の恩師
2008-06-23[n年前へ]
■列車の振動音・鼓動のような「リフレイン」
列車に乗っている時に聞く音のような、リフレインを持つ曲がある。たとえば、それは岡村孝子の「電車」だ。「電車」は、さならがらレールの繋ぎ目を台車が過ぎていく時に発する音のように、(サビ前の部分で)ギターがアルペジオを淡々と奏で続ける。そのリフレインに歌詞が重なることで、音を介して、通勤電車に立つ主人公たちが浮かび上がる。
誰もが自分の生き方を見つけて歩いてゆくけれど、 私は変わらずに私でいるしかできない。
岡村孝子 「電車」
RADWIMPSの「オーダーメイド」も、何かの列車に乗っているかのように感じさせるリフレインを持っている曲だ。この曲の魅力的なリフレインは旋律ではなくて、2回目のAメロから刻み始められるリズムだ。間をおきつつ小刻みに続くドラムの音が、まるで、いくつかの車輪がレールの継ぎ目で音を立てているかのように響く。響くリズムに歌詞も相まって、時間軸に沿って進む長距離列車の姿が浮かび上がってくる、ように感じる。
生まれる前の瞬間に、「人を作る誰か」が「どんな風になりたい?」と「僕」に訊く。「人を作る誰か」は、色んなことを次々と「僕」に訊く。
「大事な心臓はさ、両胸につけてあげるからね」どんな風がいい?と尋ね続ける誰かに、「僕」は「何か足りない・欠けている」ことを次々と選んでいく。いつも「僕」は不完全な片側を、選んでいく。
右側の心臓は要りません。僕に大切な人ができてそっと抱きしめる時初めて、二つの鼓動が胸の両側で鳴るのが、わかるように。
一人じゃどこか欠けてるように。そして、「僕」は「人を作る誰か」に「どっかでお会いしたことありますか?」と最後に逆に問う。いつだったか、その「誰か」に会ったことがあるような気がして、「生まれる前」のさらに前だったか、あるいは「さらに後」なのか、「輪廻」か「デ・ジャヴ」か、「どっかで会ったことがある」気がして「僕」はその「誰か」に聞く。
一人でなど生きてかないように。
どっかで、お会いしたことありますか?
そういえば、「リフレイン」は「主だった旋律の前にそれと同等かそれより長い前語りを持つ楽曲の形式」を意味だという。けれど、「繰り返し・反復」を意味することも多い。小さなメロディが何度か繰り返されることを、意味することも多い。
それは、まるでこの曲が歌う歌詞と小刻みに響くドラムの音が描き出す「不完全なものを繰り返し選択肢・回り続ける輪廻のような世界」を連想させる。
「望み通りすべてが叶えられているでしょう? だから、涙に暮れるその顔を、ちゃんと見せてよ」「人を作る誰か」は誰だろう。それは、もしかしたらそこら中にいる誰かなんだろうか、とも思う。 PVを見ていると、さらにそんな気持ちが強くなる。
「だから、涙に暮れるその顔を、ちゃんと見せてよ。さぁ 誇らしげに見せてよ」「僕」が「人を作る誰か」になって、次の「僕」がまた「人を作る誰か」になり、そんな小さなリフレインが聞こえてくるような気がするこの曲は、「涙」や「誇り」や「望み」が混ざったスープのようなこの曲は、本当に素敵な曲だと思う。いいでしょう?







