2000-08-08[n年前へ]
2001-08-08[n年前へ]
2002-08-08[n年前へ]
■Thinkpad T30
今のところ、Portrge3490とThinkpad T30の二本立て。Thinkpad T30のタッチパッドはなかなか役に立つ。といっても、単にボタン代わりに使ってるだけだけれど。
何しろ、東芝ノートのマウスボタンは上下に並ぶ、のが好きな私としてはThinkpadの左右に並ぶのは耐えられないのである。親指を変な風に曲げて、なんてちょっと不自然。
というわけで、単にタッチパッドで右クリックをする、と。タッチパッドさまさま、なのである。
で、今のところT30 on Windows 2000は「重い・不安定」なのだった。今のところは…。
■国道246号の終点近くで
いつ撮った写真家よく覚えていないのもあるので、とりあえず貼り付け。
これは今日撮った写真。国道246号の終点近くで。いや、まさか車を運転しながらだなんて。(リンク)
■246から見た夕焼け
これは何時撮った写真だったっけ?とりあえず、景色から見るに246桃園付近から見た夕焼け。(リンク)
■駐車場から見た夕焼け
職場の駐車場からは富士山と海が両方見えます。夕焼け時の海はとてもきれいです。何処か遠くにある別世界みたいです。写真には写っていないけど。(リンク)
■首都高速で
案内板が魅力的なみどり色に光ってた。これはちょい前にHさんとザウスに行った時の行きの車の中から。渋滞にはまってザウスに着いたときには12時近く。だけど、天気が良かったので渋滞でも気持ちは良かった。(リンク)
2003-08-08[n年前へ]
■色んな景色
今日は色んな景色がp@hirax.net宛に届いています。誰かが歩きながら眺めた景色もあれば、台風が近づく何処かの場所で眺めた「今日見た景色」もあります。そして、CRTの向こうの「今日見た景色」だってあります。
このCRTの向こうの「今日見た景色」なんかの場合には、「同じ景色」を眺めた人も多いかもしれません。いえ、多くはないかもしれないけれど少なくともほかにも何人かは「同じページ」を眺めたはずです。だけど、その景色の額縁は見る人それぞれ違うのです。そんな違う世界が人の数だけ確かに何処かにあるわけです。それは、なんだかちょっと不思議でとても面白いことだなぁ、と私は思います。同じ景色を眺めていても、それを包みこむ世界は人それぞれ違うんだなぁ、とそんなCRTの向こうの「今日見た景色」を眺めながら今更ながらに考えてみたりするのです。
もちろん、そんなことはきっとちょっと考えれば当たり前のことなのでしょうけれど、こんな風に自分と違う世界から眺めた「同じ景色」を形にして見せられると、何だかちょっと新鮮に感じるのです。こんな「あなたが眺めたCRTの向こうの今日見た景色」をぜひぜひ真似して送ってみてもらいたいなぁ、と思います。
そういえば、今日山手線に乗りながら、人の多さにちょっとビックリしつつ、こんなに人が多い街でいつか知っている人とすれ違ったりする確率はどの程度あるんだろう?などとずっと考えていたのでした。同じ景色をCRTの向こうに眺めていても、それを包み込む世界は人それぞれ違うように、同じ景色をとても近くで眺めていてもそれを包む世界はやはり人それぞれ違うのだろうか?いつか一瞬でも世界が重なり合うことはないのだろうか?と考え込んでいたりしたのでした。
■続「美人化」連打物語
カメラ付き携帯電話で動く美人フィルタの話の続き。 …「まずカメラ付きの携帯電話で女性の写真を撮らせてもらうわけだ」「で、美人化ボタンを何度か押してその変化を本人に見せてみるというのはどうだろう?」「そして、最後に元の画像(撮影したそのままの女性の顔)と比べて、ホ〜ラこんなに美人になったろう?と見せてみるのはどうだろう?」「喜ばれないかなぁ?ほ〜ら、君をこんなに美人にしてあげたよ!ってさ」
「う〜ん、それってむしろスッゴク怒るんじゃないかなぁ?」「元がつまりブサイクだって言っているようなものじゃないの、それじゃぁ…」
「それなら、いっそ美人化した状態をデフォルトにした方がいいんじゃないの」「撮影したら、もう表示するときには美人になってる、っていう風にさ」
「なるほど」「だけど、人によって何段階美人化したら良いかは違うだろうしなぁ…」「一段階美人化したら、もうものすごく美人で、それ以上やるとやりすぎっていう人もいるだろうし」「逆に、何段階美人化してもまだまだ美人になる美人発展途上国の住人だっているだろうし…」「それって、何だかめちゃくちゃ失礼な話だけど、確かにそうかもしれないなぁ…」(続く)
2004-08-08[n年前へ]
■漱石が牛耳る・野次るを一般的にした
牛耳を執る」が動詞化して「牛耳る」となったのですが、この言葉を最初に文章に用いたのは夏目漱石だったようです。 漱石はこんな言葉を使うのが好きだったようで、「野次る」も漱石がはじめに文章に取り入れた言葉として知られています。
■「理論」と「物理」
「理論と実際」と題したシンポジウムに関して、「理論」という言葉が「物理」というように題名が変わった講演に対して先日書いた内容に、
でも私(と好夫さん)の頭の中では、理論と物理は同じもの。こんなツッッコミが。そういえば、「しかし、ほんとにベクトルの変化があったのかどうかは謎です。単に間違えただけかも」と、いうツッコミもあった。
そこで、背中に汗をかきながらカタカタ返事を打ってみる。
なんと 理論 = 物理だったとは、うがちすぎでしたか…。よくあることかもしれませんが、そんな誤解が積み重なった方が面白いものが生まれるかもしれません、…と、自分を正当化しておくことにします。面白いものだ。私の頭の中では、「理論物理」と「実験物理」という言葉があるように、理論=物理でもないし、実験=物理でもない。実験はノイズが多すぎるし、理論はノイズが少なすぎる。理論+実験≒物理のような感じもするが、それだけでは不十分な気もする。少なくとも、私の頭の中では「理論 = 物理」ではない。そんな違いは面白い。
「理論と実際」と題したシンポジウムを開催した主催者も、理論=物理ではないに違いない。だからこそ、シンポジウムは「理論編(午前)」と「現実編(午後)」に別れているわけである。だから、午前の「理論編」の講演者の頭の中が「理論 = 物理」であるならば、それは素晴らしく講演の趣旨に合っていたことになるのだろう。「理論+現実≒物理」という式を、「理論=物理」と書き換えるベクトルが講演者たちの中にはあったのかもしれない。 もちろん、今回もまたうがちすぎかもしれないけれども。
■大掃除開始
忙しいときには、多くの人が現実逃避で掃除を始める。私もその例に漏れず、ふと思い立って部屋の掃除を始めた。とにかく、捨てよう。最近電源を入れていないオーディオは一式全て捨てよう。二十世紀に捨ててくるはずだったCRTも全て捨てる。古いPCも捨て捨て、だ。
TEAC TASCAM 244も捨てよう。KORG Poly-6も捨てよう。KORG M1も捨てよう。KORG MS-20も捨てよう。今では(偶然全て)ソフトで実現できてしまうわけだし…。もったいない気もするけれど、過去より未来、だ。
■日吉駅前
今日は6km走る。昨日の等々力球技場前から、暑さでヘタりながら(脳内妄想的に)日吉駅前辺りまで。
■科学教材社
色んな科学雑誌の巻末と言えば科学教材社の広告を思い出す。今では、光学関連はないのかな?それはちょっと残念。
■「懐かし〜い食べ物」と写真ケーキ
今日のふと疑問。懐かし〜い食べ物に出てくるような紙ニッキみたいな写真デコレーションケーキって売れているんだろうか?
■携帯電話ストラップの中でミニ植木鉢
携帯電話ストラップの中に小さな小さなミニ植木鉢が入っていて、植物を育てるなんていう癒し系の優れもの。 from 古今東西製品情報
■Videogame Music Archive
Videogame Music Archive.メドレーを集めたものもある(Ex. ドラゴンクエスト http://www.vgmusic.com/music/other/miscellaneous/medley/DW2.mid ) from はい こちらサポセン。
■水星は土星よりも遠い
「土星に行くより水星に行く方が大変。更にいえば、実は水星に行くのは太陽系を脱出するより大変なんです」という水星は土星よりも遠い。
■Looking Glass DesktopをWindowsで動かす
Looking Glass DesktopをWindowsで動かす。 from ishii-k の ChangeLog 日記
■「成功確率」と「幸福度」軸上のデスマーチ
「ソフトウェア産業におけるデスマーチ現象を「成功の可能性」と「幸福度」という2軸でマッピングする」と…こんな四種類に。
2005-08-08[n年前へ]
■武蔵小杉・渋谷
午前は武蔵小杉で、午後は渋谷。夕方近く、色んな話を聞きながら「大きい会社と小さい会社の違い」について、少しばかり考える。同じように、「年をとった会社とまだ若い会社」の違いについて考える。大きさや年が違う二つのものが、どんな風に違うか(あるいは同じか)ということは、結局眺める人の「思い入れ(込み)」が決めるのかも、とふと想像してみたりする。
■「楽しいプログラミング」
…プログラミングが楽しく感じることがあります。…でも、僕はこの状態に自分が陥ると、危機意識を持ってしまいます。簡単な方へと逃げているのではないか? …成長していないのではないだろうか? … 「ひげぽん OSとか作っちゃうかMona-」
■名作映画の関心空間
「ミュージカル、アドベンチャー、ラブロマンス、SFから、豪華絢爛な歴史絵巻まで、古今東西名作映画の数々を関心空間のシステム上に収録した」というMOVIE DB. 映画同士が「共通点」を通じて、繋げられている。~ 懐かしいたくさんの映画が、短い言葉を介して紐で繋がって浮かび上がっていく。そんなものを眺めていると、懐かしい昔のことなどが色々と浮かび上がってくるかも。
2006-08-08[n年前へ]
■「信じることと問いかけることの違い」
いつものように週間SPA!を買い、鴻上尚史の「ドン・キホーテのピアス」を読む。一人暮らしの女性が少ないことに鴻上尚史が驚いたところから始まり、カルト宗教などまで。
信仰が人を育てるのは、信仰が「信じること」ではなく「問いかけること」だからです。神の言葉を伝える人はいても、神そのものが語らないから、人は「問いかけ」るしかなく、そこで思索的になり反省し思慮深くなるのです。 簡単に結論のでないやっかいな問題を、神の一言で片付けることは、思考し、反省し、成熟するきっかけを手放すことです。 「問いかける」対象が、簡単に答えを言うようになれば、人間は思考を放棄しバカになるのです。 「今の若者は孤独と不安への耐性がない」
2007-08-08[n年前へ]
■Wikiの不評
画像処理とWikiをフェミニンに包むプログラムを作り、ノートPCで動作させつつ、周りの人に意見を聞いてみる。Wiki部分が実に不評。というわけで、化粧直し中の8/8。from n年前へ.
簡単に結論のでないやっかいな問題を、… 「問いかける」対象が、簡単に答えを言うようになれば、人間は思考を放棄しバカになるのです。
…プログラミングが楽しく感じることがあります。…でも、僕はこの状態に自分が陥ると、危機意識を持ってしまいます。簡単な方へと逃げているのではないか? …成長していないのではないだろうか? …
午前は武蔵小杉で、午後は渋谷。夕方近く、色んな話を聞きながら「大きい会社と小さい会社の違い」について、少しばかり考える。同じように、「年をとった会社とまだ若い会社」の違いについて考える。
2008-08-08[n年前へ]
■LEGO Mindstorms NXT でロボット開発
リアルタイムOSであるOESK RTOS(TOPPERS/OSEKをLEGO NXT 向けに移植した nxt OSEK)で動く LEGO Mindstorms NXT を見ていると、自分でも色々なロボットを作ってみたくなる。たとえば、下の動画は Simulink(…と各種ToolBox) でロボットの制御プログラムを書き、Embedded Coder Robot NXT で LEGO Mindstorms NXT 用にコンパイル・実行したものである。まさに、昔子供(こども)だった大人心をくすぐる「大人の玩具(おもちゃ)」だ。
もちろん、Simulink といった値の張るツールを使わずとも、複雑な色々な制御を短時間にコーディングしようと思わなければ、制御プログラム開発はできそうだ。というわけで、「nxtOSEKアプリケーション動画」の数々を眺めていると、小中学生のこどもの「夏休みの課題」にかこつけてLEGO ロボットを購入し、ロボット・ハッキングで真夏の暑い夜を過ごしてみたくなる大人も多いはず。
2009-08-08[n年前へ]
■「本の重版」と「何かを作り出す作業」
「論理的にプレゼンする技術 (聴き手の記憶に残る話し方の極意)
」が重版されます。重版に合わせて、「色合いが見づらいグラフ」がありましたので、そのグラフについて修正作業を行いました。(こうした方が良いよ、と)修正点について指摘を頂いた方には、心から感謝しています。
ふと、こんなことを思います。凡人たる私たちは、良いと思えるものを作るには、良いと思えるものへと近づけるには、「作って・修正するという作業を、ただただ繰り返す」ことしかないのかもしれません。結局のところ、そんな方法が一番のそして唯一の凡人にとっての王道なのかもしれません。






