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2006-01-01[n年前へ]

「空想プロジェクトマネジメント読本」

Untitled 「シャア・アズナブルのプロマネスキルとスタイル」「ゴルゴ12に学ぶ調達マネジメント」「ワープ航法はスケジュール(を守るため)の救世主か?」「岡ひろみと宗像コーチから学ぶ人材育成手法」「(仮面ライダーの)ショッカーはなぜ世界を征服できなかったのか?」「(サイボーグ009の)ブラックゴースト団のまっとうなプロジェクトマネジメント」「科特隊のダメダメ指揮系統」…など、テレビ番組やマンガの中の「プロジェクトマネジメント」を考察してみよう、という「空想プロジェクトマネジメント読本」 全然内容を知らない「冬ソナ」以外の章をとても楽しく読む。

2006-01-17[n年前へ]

ヒューザー小嶋社長の教典は梶原一騎の「巨人の星」

 小嶋進 ヒューザー社長がテレビで「ぶッ倒れるにしても、前に倒れる覚悟です!」と言うシーンをテレビで放映していた。あぁ、梶原一騎は偉大なんだな、とつくづく思う。梶原一騎の世界にはまっている人がここにもいるんだな、と思う。
WARNER HOME VIDEO 「ぶッ倒れるにしても、前に倒れる覚悟です!」という言葉は、「…死ぬときは、たとえどぶの中でも、前のめりに死んでいたい」という「巨人の星」の中のセリフに違いない。「巨人の星」の中で星一徹が飛馬に言う。「坂本竜馬はこういった。いつ死ぬかわからないが、いつも目的のため、坂道を登っていく。死ぬときは。たとえどぶの中でも前のめりに死んでいきたい…と」「つまり、かぎりなき目的への前進だ!たとえ、どぶの中で死んでも、なお、前向きで死んでいたいっ。…それが男だ!」…そして、星飛馬が大リーグボール3号を投げて左腕を壊すとき、やはりこのセリフを言う。「おれの青春を支配したこの坂本竜馬のことばにかけて、後退しての死よりも、前進しての死を選んだのだ」 しかし、この「坂本竜馬はこういった」というこの言葉の出典は、梶原一騎の「巨人の星」以前には遡れなかったという(堀井憲一郎『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。』)。「汗血千里駒」にも「竜馬がゆく」にも、…坂本竜馬を描いたどの本でもこの言葉は載っていないという。
『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。』 ということは、梶原一騎がこの言葉をどこから引用した(作った)かはさておき、ヒューザー小嶋社長にとっての、「ぶッ倒れるにしても、前に倒れる覚悟です!」の原典は梶原一騎が描いた「巨人の星」なのだろう。もしかしたら、本人は「坂本竜馬」に影響を受けたと思っているかもしれないが、それは実は梶原一騎が描く「巨人の星」の中の星親子が語る「坂本竜馬」なのである。「巨人の星」の中で描かれた「坂本竜馬の言葉」がヒューザー小嶋社長の教典であるわけだ…。梶原一騎に影響を受けた「日本の男」はとても多いに違いない。

2006-01-29[n年前へ]

水面に映る「私たち」

Nothing but Echo 水面に映る「私たち」 3年前の今日、水面に映る「私たち」Nothing but Echoという文章を書きました。今日もまた繰り返される同じような「ニュース」を眺めながら、私はふとこの文章を思い出します。もしも、このページに訪れた「あなた」に少しの時間があるのなら、この文章を読んで頂ければ、少し嬉しく思います。
 「水面を上から覗きこんでみれば、その水面に景色だけでなく私たちの姿も同時に映りこんでいるように、ギリシャ神話のナルキッソスが泉の中に自分自身の姿を見たように、その『ニュース』には世の中の出来事だけでなく、私たち自身だって写りこんでいるに違いない」という言葉の先にあるものを、かすかに眺めて頂くことができたなら、私はとても嬉しく思います。3年と少し前に、テレビで流されていた「問いの答え "YES""NO"」をあなたに眺めてみてもらえたら、と思っています。

その問いの中の、そして、その答えの中の「テレビニュース」の部分は全て「僕ら自身」と置き換えられるのだから…
「私たち」が世の中に与える影響は? 「私たち」は信用できる? 「私たち」はあなたの人生にとって 「なくてはならないもの」ですか?

2006-04-10[n年前へ]

「過去の記事や画像」を検索する

Welcome to Kirtas Technologies 「WEBが発展してからの記事や画像の検索は容易になったけれど、過去の記事や画像の検索は容易というわけでなくて…」というメールを頂きました。「過去に見たテレビの画面や広告や…といったもの」を見つけ出したいけれど、なかなか見つからない、という話です。

 「過去に何らかの媒体に掲載された記事」や「画像」といったものを探す場合、図書館や資料館などに行って探す、のが一般的なのでしょうか。過去の出版物(記事)や資料を保存しておくのが図書館や資料館の目的の一つなのですから、通常は、そういった場所を訪ね歩き探すことになるのでしょう。そんな場合、自分がその場所まで行って探さなければならないわけですから、地方に住んでいたり、はたまた海外在住だったりすると実に面倒なことになってしまいそうです。

アウトサイダーが見た図書館(4)〜「蔵書のデジタル化」の実態 ところで、例えばGoogleは図書館などの収蔵書物もすべてデジタル化しようとする(した)"Google Print"といったプロジェクトを行おうとしています。もしも、世界の色んな図書館にあるたくさんの本が読み取られた日には、「過去に見たテレビの画面や広告や…といったもの」の検索も(今よりは)簡単になりそうです。例えば、昔のコマーシャルをキーワードで検索すれば、「広告批評」や当時の「ポパイ」や「明星」といった雑誌の記事が検索されて、その画像なども容易に眺めることができるようになるに違いありません。つまり、過去の画像検索や記事検索が(世界のどこからでも)できるようになるのかもしれませんね。

2006-05-27[n年前へ]

プロジェクトX風プレゼン

Title 疲れて頭が回らなくなってきたので、気分転換に「プロジェクトX風プレゼン・テンプレートファイル」を作ってみる。プレゼン中盤までは比較的ありがちなストーリーだと思うのだが、中盤から後半は普通は無理だろうなぁ。むしろ、序盤よりもっと悲惨なのが一般的だろうなぁ。テレビに出てくる「最後にはちゃんとわかってくれる人たち」ばかりでもないだろうし…。