2008-05-04[n年前へ]
■”ファール”は”フェアー”で”フェアー”は”ファール”
(シェークスピア「マクベス」の”きれいは汚い、汚いはきれい”="Fair is foule, and foul is failr"を指して)fiarとfoulということであれば、これは野球用語ではないか。そして、野球が成り立つためには、fairとfoulは、もちろん画然と区別されていなければならない。「Fair is foule, and foul is failr.」といった両義的なルールでは、そもそもゲームは成り立たないのだ。
……現実の人間の生活世界とは異なってスポーツでは、両義的ないし重層的ではない、ごく限られた単純明快なルールが設定されていて、その約束事の下で選手たちが熱いドラマを繰り広げる。
中村達也 "きれいは汚い、汚いはきれい"
2008-08-09[n年前へ]
■KISSで「グレート・ギャツビー」を見る
…という具合で、色々な女性雑誌を、「これはどういう人が読むのだろうか」と想像しながら、あるいは、考えながら読んでいる。男性向け雑誌であれば、そんなことはわざわざ考えなくてもネイティブにわかる。けれど、女性向けの雑誌になると、これが全然わからない。
今日読んだのは、 Kiss 2008 8/15 だ。25~30代くらいの女性が読むマンガ雑誌なのだろうか。読めば、色々面白いもので、「本屋の森のあかり」のラストシーンに、フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」の終わりの言葉が書かれ、その言葉と重なるように絵が描かれていた。
So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.
Fitzgerald "The Great Gatsby"
だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。
村上春樹訳 「グレート・ギャツビー」
ふと、その「グレート・ギャツビー」に引っ掛かりながらKissのページを読み進めているうちに、KISSの中に描かれている世界が不思議に「グレート・ギャツビー」と重なって見えてくる。今の日本の25~30代くらいの女性が眺める世界は、ギャツビーが見る世界と、もしかしたら、重なっているのだろうか。
"Whenever you feel like criticising anyone, just remember that all the people in this world haven't had the advantages you've had."
Fitzgerald "The Great Gatsby"
2008-08-15[n年前へ]
■続・世界の広さと世間の狭さ
夜、田舎町の線路沿いを歩いていると、数メートル先に知っている人がいる。先週くらいだったか、数百km離れた違う田舎町で、一緒に花火を見た人だ。驚きながら、けれど普通に言葉を交わし、私は居酒屋に彼はその隣の喫茶店に入っていく。そんなことはよくある。辺境の山奥や海辺で思いもかけない人とすれ違ったりする。
街中で待ち合わせたときに、人ときちんと会うことは難しい割には、偶然人と出会うことは結構ある。世界は限りなく広いのに、世間は狭い。
