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2009-04-07[n年前へ]

携帯電話を顕微鏡に――Intelのアイデアコンテスト、優勝者を発表

 携帯電話を顕微鏡に――Intelのアイデアコンテスト、優勝者を発表

 カメラ付き携帯電話を顕微鏡に変える方法、移動式PC教室――Intelが世界の問題を解決する革新的アイデアコンテストの優勝者を発表した。
この「INSPIRE・EMPOWER Challenge」は教育、医療、経済開発、環境という差し迫った問題にテクノロジーを使って対処するためのアイデアを競うコンテスト。昨年夏に始まり、世界中から200件を超える応募があったとという。

2009-09-21[n年前へ]

教育費と茄子の花は千に一つも徒はない

 スラッシュドットでのコメントから知った、西原理恵子の言葉(毎日新聞の元記事)。
 西原理恵子の言葉だけをひきたいところだけれども、文脈背景の紹介上、林真理子の言葉も引用する。

林真理子> 独身のお金持ちの友人が電話してきて「私たちが払った税金をヤンキー(不良)の子に使われるのは嫌だ。民主党は何を考えているのか」と言っていた。

西原理恵子> 子どもが大きくなって年金を払い、高齢者を養うんですよ。ヤンキーが将来刑務所に行けば、もっとお金がかかる。人を人とするためには教育と職業が必要。それは国家が何よりも先にやらなければならないこと。議員の給料払うなら、ヤンキーの教育費に使え。

 教育・職業といったことは、西原理恵子のマンガ中で語られるリフレインのひとつだ。たとえば、「営業ものがたり 」なら「うつくしい のはら」あるいは、「朝日のあたる家」といったマンガ中に、繰り返し登場する。あるいは、対談でも時折口にする。

私はまいにち字をならいに行く。
字をおぼえましょう。
字がよめたら 世の中がわかる。
商売ができる。ごはんが買える。

「うつくしい のはら」冒頭

 「親の意見と茄子の花は千に一つも徒はない」ということわざがあるが、教育費もそういうものかもしれない。…うーん、そんなこともないか。

 教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているものである。

アルベルト・アインシュタイン

2009-09-22[n年前へ]

伝達できない技能は技能でない

 関川夏央「おじさんはなぜ時代小説が好きか (ことばのために) 」の司馬遼太郎に関する章から。

 『真説宮本武蔵』で彼は、伝達できない技能は技能でないと強調し続けます。(中略)つまり、教育できないものは文化ではない、一瞬の芸にすぎない、という考えが彼の中には濃厚にありました。反吉川『武蔵』ですね。

2009-12-20[n年前へ]

我が国は、高校生に重要な経済問題を理解する基本的スキルを教えなければならない。

 やはり、「アメリカの高校生が学ぶ経済学 原理から実践へ 」は良い。というわけで、またもや「アメリカの高校生が学ぶ経済学」で学ぶの時と同じように、またもや復習を繰り返している。専門書を読み進めようとすると、途端に全体が見えなくなってしまうので、何回もこの本に戻ることになる。

 我が国は、高校生に重要な経済問題を理解する基本的スキルを教えなければならない。…高校卒業までに経済学の充実した教育を受けなければ、ほとんどの成人は、経済の機能や富の創造過程における自らの役割を学ぶ機会がまったく与えられなかったことになる。

本書冒頭に掲げられている W.B.ウォルスタッドの言葉

 すべての人が突然、想像以上に裕福になったとしよう。大金持になっても、欲しいものの多くは手に入らない事態に陥る。






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