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2010-02-10[n年前へ]

何の意味もなく、誰にでも可能だけれど、酔狂な奴でなくてはしそうにないことを… 

 沢木耕太郎「深夜特急〈1〉香港・マカオ 」から。

 ほんのちょっぴり本音を吐けば、人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血涌(わ)き肉躍(おど)る冒険活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴(やつ)でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。

 インドのデリーからイギリスのロンドンを目指し、2万キロメートルを超える道のりを、一年以上の時間をかけ乗合いバスに乗って行く。その旅は、確かに酔狂な奴でなくてはしそうにない。だからこそ、その旅を小説を通して追体験することができるのは、とても楽しい。

2011-05-21[n年前へ]

「山手線20周の旅」を支える「京浜東北線快速技」 

 六角橋商店街の闇市で買った「野宿野郎」というミニコミ誌(急いでつくった)3号の「山手線始発から終電まで20周」から。鉄分100パーセントな、鉄郎・鉄子にはたまらないエピソード。

 山手線とは都心にある環状線の路線である。一周約1時間29駅、距離は35km。環状のために、乗ったら自発駅に降りない限りぐるぐる回り続けるのだ。誰が考えたか知らないが、始発から終電まで乗り続けるとどうやら20周できるらしい。…(丸一日かけた)全移動距離700km、実際の移動距離は0kmの旅。
 (トイレに行きたくなったら)役立つ先人の知恵が京浜東北線快速技だ。京浜東北線は山手線と併走するくせに、駅をいくつか抜かして走るナイスな路線である。田端辺りで山手線を降り・階段を駆け上がり用を足す。そして再び階段を駆け下り今度は京浜東北線に飛び乗るのだ。そうすると東京辺りで元の山手線の車両まで追いつけるという寸法だ。

 「人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実を極めることもなく、…まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかしおよそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ」という「深夜特急」で沢木耕太郎が書くアジテーションにワクワクさせられる人、そんな人は「全移動距離700km、実際の移動距離は0kmの旅」に魅入られると思います。

2011-05-29[n年前へ]

「旅」という言葉を「人生」と置き換えて読んでみる 

 「”一周とか縦断とか”の旅はなんだかちょっと、人をわくわくさせます」というワクワクさせるアジテーションから始まる「野宿野郎」(急いでつくった)3号を読んでいると、村上春樹の言葉が差し込まれていました。

無目的にただぶらぶら旅してまわるのも、 もちろん楽しいけれど、経験的に言って、 ある程度そういう目的みたいなものがあったほうが、 旅行はうまく運ぶことが多い。

村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』

 よく、人生を「旅」に例えることがあるように思います。「人生という旅」といったフレーズを使うことも多いように思います。

 人生が「一種の旅」であるならば「旅全般について成り立つことは、人生についても成り立つ」のかもしれません。

 たとえば、村上春樹の言葉を、「旅」を「人生」と置き換えて読むのなら、それはこんな具合になります。

無目的な人生も楽しいけれど、経験的に言って、
ある程度目的みたいなものがあったほうが、
人生はうまく運ぶことが多い。

 「いい旅のためのガイドブック」はたくさんあります。もしかしたら、そんな旅のガイドブックを、その中にある「旅」という言葉を「人生」と置き換えつつ読んでみれば、その奥深さが見えてくるかもしれません。何しろ、そのタイトルは「いい人生のためのガイドブック」というように置き換えることができるからです。

 最後に、「アジアからイギリスのロンドンまで、乗合いバスに乗っていくこと」を目的として始めた旅について書いた沢木耕太郎『深夜特急』、その最初に書かれている言葉を書き留めてみます。酔狂なにも思える目的に向かい、時間と力をかけ続ける旅を読むと、無性にワクワクさせられます。

 人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険大活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。

沢木耕太郎『深夜特急』
 しとしと雨が続く梅雨の季節には、紀行本や旅行ガイドブックを読みつつ、無目的にぶらぶらとする魅力、目的を持って歩く意味に思いを馳せてみるのも、一興かもしれません。



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