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2006-11-08[n年前へ]

「物語の意味」「おにぎりの形分布図」「ロリコンの法則」「学研電子ブロックのIPv6モジュール」

 「物語の意味」「おにぎりの形分布図」「ロリコンの法則」「学研電子ブロックのIPv6モジュール」 from n年前へ.

「癒す力」とは、「あなたの存在は、無意味でない」と教えてくれる力のことです。「物語」を作るということは、現実を解釈することですから、つまりは意味を発明するということです。現実に「起承転結」を持ち込む「物語」は、あなたの生活に意味を与えます。「物語」は、無条件で、あなたの人生に意味を与えるから、本来的に「癒す力」がある、と言えるのです。   鴻上尚史 ドン・キホーテのピアス 543

2007-07-02[n年前へ]

ニュートンと旧約聖書(科学と魔術)

 ニュートン(1642-1727)が、旧約聖書のダニエル書をもとに「西暦2060年以降に世界の終わりが来るかもしれないが、それ以前に終わる理由は見つからない」と書いた文書がヘブライ大図書館に保管されていて、その文章が18日から公開されているという記事を見た。

 小山慶太が10年前に書いた「神さまはサイコロ遊びをしたか—「宇宙の法則」に挑んだ人々(講談社学術文庫)」で、「心臓と血液の運動(1628)」を書いた近代生理学の創設者ハーヴィ、「学問の進歩(1605)」を書いたベーコン、彼ら17世紀の科学思想の巨人らを指して、こう書いていたことを思い出す。

 後に科学と呼ばれるようになる知的営みの原型と、それと相反する迷信とみなされる魔術が、彼らの頭の中で同居していたことは、我々の目にいかに奇妙に映ろうとも、まぎれもない事実である。 それが歴史の複雑さであり、そして自然を理解しようとする人間の精神の複雑さであった。 「神さまはサイコロ遊びをしたか」一章 ケプラーと魔女 (P.25)

2007-07-07[n年前へ]

市場経済と万有引力と「神の見えざる手」

 『国富論』を書き、"経済学の父"と称されるアダム・スミスアイザック・ニュートン(1642-1727)に強い影響を受けたという。

18世紀に経済学の基礎を作ったアダム・スミスが、非常に強い影響を受けたのは、ニュートン的な“科学”です。  栗田啓子 万有引力と神の見えざる手
 アダム・スミス(1723-1790)が生きていた時代、多くの人たちが、世界・社会を動かす基本的な法則性や自然科学の法則性に、神の意思が表れていると考えていた。万物に、普遍的な(けれど見えない)“万有引力”が働いているとニュートンが考えたのと同じように、アダム・スミスが経済発展の歴史や市場均衡の陰に「神の見えざる手」が動いていると考えた…というのは不思議に、そしてとても面白い。

 経済学と古典物理学という、まるで分野が離れて見えるようなことなのに、実は同じ時代の中で影響を受けあいながら共に育ってきた…ということを意識するならば、その2つが不思議なくらいピタリと綺麗に重なり合う。それは意外でもあるけれど、同時に、それも当然なことであるようにも感じる。
 アダム・スミスが考えた「経済人=ホモ・エコノミクス」という存在がどうしても納得できませんでした。自分の利益にのみ従って、完全に合理的な行動をする人間。自分の進むべき方向を確実に知ることができて、必ずその方向へ動く。そんな顔も表情もない人間なんて現実にいるわけがないし、そんな非現実的なモデルに何の意味があるのだろうか?と思うこともあったのです。 (けれど、ニュートン力学で物体を示す質点だって)大きさもなければ、色もついていない、そんな存在です。ニュートン力学は、物体をそんな奇妙な存在として扱うにもかかわらず、数多くの用途で必要十分な精度の計算・予測をすることができます。  柴田 研 ニュートンと経済人
 世の中に、「100% 新しい考え・アイデア」なんてほとんどない。いや、多分、そんなものはない。そんなものがある、という人がいたとしたら、単に歴史を振り返ったことがない人だろう。

 逆に言えば、どんなこと・どんなものであったとしても、必ず古い家系図のように、考えやアイデアの歴史を辿ることができるに違いない。どんなことでも、少しづつ考えが変化し、ほんの少しづつ新しいものが生まれ、少しづつ前へ進んでいく。意識的に、あるいは無意識的に、異なるように見える色んなものが少しづつ影響を受けあってきた。そんなさまを知ることは、とても楽しい。

2007-10-26[n年前へ]

「技術者は楽観的である」法則

 ふとメモした言葉をオススメ記事として並べてみました。最後の「技術者は楽観的である」法則は一番のオススメです。

『勉強し続ければいつかはすごい人…(中略)になれるという妄想があるんです』
『人生の到達点はそれまでの積分なんだから、同じアドバイスがどの時点でも有効なはずだ』
『私は、技術者は本質的に楽観的であるし、楽観的であることが必要であると強く思います』

2007-12-13[n年前へ]

「背景は必ず後ろにあって、前景より必ず大きい」の法則

 最近、何種類かの時代年表を作っている。そういった年表は、あまりに手作業すぎると思うのだけれど、Drawソフトで描くことが多い。色々な情報を、Drawソフト上でレイヤーに分けながら、色んなイベントや時代背景や、それらの繋がりを、一つ一つ描いている。

 そんな作業をしていると、今更ながら、気づかされることがたくさんある。たとえば、各「出来事レイヤー」はさまざまな「時代背景レイヤー」より必ず「前面」にある、なんていうこともその「気づき」の一つだ。「時代”背景”」というのだから、後ろ・背景にいるのは、当たり前な話だけれども、それはなぜか新鮮な気づきだった。

 そして、「出来事レイヤー」は「時代背景レイヤー」より「前面」にあるだけではなくて、「時代背景レイヤー」は必ず「出来事レイヤー」より「大きい(広い)」ということにも気づかされた。もちろん、これも年表作りの作業をしていると当たり前の話だ。前面にある「出来事レイヤー」が「時代背景レイヤー」より大きかったら、「時代背景レイヤー」が見えなくなってしまうからだ。

 背景は必ず後ろにあって、背景は前景(出来事)より必ず大きい。これは、年表作りをしていて気づいた「法則」の一つの例である。実際に何かを具現化しようとすると、その作業をする中で、必ずたくさんのことに気づかされる。何かを具現化する作業はとても辛い部分も多いけれど、とても楽しい部分も数多くある。その楽しい理由の一つが、これら「気づき」というグリコのオマケをたくさんもらえるからだ、と思う。