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2009-02-23[n年前へ]

有吉佐和子の「女」と「理性」 

 「有吉佐和子の世界 」中で、橋本治が書く「理性の時代に」より。

 男がいて女がいる。その男を何かが歪ませ、その何かが女を不幸にする。有吉佐和子の基本的な認識はこうであろうと思われる。だから彼女は、うかつには動かない。有吉佐和子の揺るぎのなさは、この正確なる認識をする彼女の理性によると思われる。
 だから、有吉佐和子の中で、女は聡いし、揺るぎがない・と同時に、女は激しく揺れ動く。有吉佐和子が才女であるということは、そうした世の中全体の関係性を踏まえて女を描き、そして描かれた女が決して邪悪にはならないところにある。”女流”と呼ばれる作家は、えてしてこれをやるのだ、邪悪という開き直りを。
 有吉佐和子は、女の中の”女”を描いて、決して邪悪には陥らない。それを読む女達に「もっともだ」と思わせる”何か”を書くのである。
 理性的でありながら、それが理性的であると気づかれないことによって”理性”として評価されない女達に、この理性の時代に、実は膨大な理性がないがしろにされて放置されているのだ。

2011-03-14[n年前へ]

二十世紀の科学的・合理的な文明国民の愛国心 

 寺田寅彦「天災と国防」から。

 人類が進歩するにしたがって、愛国心も大和魂もやはり進化すべきではないかと思う。
 砲煙弾雨の中に身命を賭して敵の陣営に突撃するのも、確かに尊い大和魂であるが、(中略)二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露には、もう少しちがった、もう少し合理的なやり方があるべきではないか、と思う。

(昭和九年十一月、経済往来)



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