2012-05-10[n年前へ]
■「適度な理屈」と「心を動かす物語」
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「心を動かす何か、あるいは、感情を動かす力のベクトル」…そんな「何か」に「それっぽい論理」をトッピングすると、ひとりひとりを動かし…そして多くの人を動かします。
僕がマクロ経済学に飛びついたとき、現実の世界は不況で不安定になっていたわけです。そんなとき、「公共事業をやったり、お札をいっぱい印刷したりすれば安定な世界に戻るんだ」というケインズ理論はとても魅力的で、僕の”こうあってほしい世界観”に近くて、あこがれとか高揚感に近い楽しさを感じたんですね。
そこで思ったのは、自分が欲しがっている”あまりに魅力的な結論”を与えてくれる適度な理屈・ロジックに飛びついちゃったんじゃないか。
小島寛之
人を「動かす」ものが「良い」とか「悪い」とか、人を動かした「意志決定」が正しそうか・間違っていそうか…実に難しい問題です。
2012-05-08[n年前へ]
■「人々の意思が正しく反映されたもの」と「正しい情報」は両立しない
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物事が複雑になると、人は読みたいようにしか読まないし、都合の良いように捉えて、そのまま伝搬しちゃう。
そうですよね。…だから、というわけではないですが、最後の部分、
すでにインターネットが社会の意思決定システムとして利用されているわけで、人々の意思が正しく反映されるよう、技術者が真剣に考えてサポートしていかなければいけない。
…本当は間違った情報は修正されるようなシステムを自分で作らなきゃいけない。の「人々の意思が正しく反映されるよう」と「間違った情報は修正されるようなシステム」は、違う方向を向いていて、それらは矛盾し・相容れないものではないかのか…と強く感じます。「人々の意志」が好み・欲するものを正しく反映したもの…つまり流行るものと、「”正しい”情報」というものは、果たして相容れるものだろうか?…と疑問に思うのです。
そういえば、「”分数もできない大学生”のような"みんな"が行う判断は正しいと思いますか?」という実に曖昧な質問を、先生に聞いてみたことがあります。その時、言われた「分数ができても、みんなが正しい判断をするとは言えない。金融工学がいかに進もうと、バブルは繰り返す」という言葉を思い出しました。人々の意思が正しく反映されたもの、「バブル」のように多くの人を動かし「流行る」もの…と、「”正しい”情報」とは重ねがたいものではないか、と考えたりします。
「人々の意思が正しく反映されたもの」と「正しい情報」は両立しないのではないかと思います。そしてまた、”正しい”…って「そもそもどんなことなんだろう?」と、首をかしげたりもするのです。
2012-04-21[n年前へ]
■高慢な賢者や謙虚な愚者は何処にもいない
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「他山の石」を読みつつ、脈絡なく、「客観的な事実」と「自らの狭い主観」との違いの言葉を思い出す。
「賢者愚に学び、愚者賢に学ばず」ということわざがあるが、どこをどう探し回っても、高慢な賢者や謙虚な愚者にはお目にかからない。愚かさは高慢と同居しているのが常である。
「客観的な事実」と「自らの狭い主観」との違い
歴史をつかさどる女神クリオは、女神のうちで最も内気で控えめで、めったに人にその顔を見せなかったといいます。…歴史とは、内気で控えめでちょうど良いのではないでしょうか。
私たちは日々の時間を生きながら、自分の身のまわりで起きていることについてその時々の評価や判断を無意識ながら下しているものです。また、現在の社会状況に対する評価や判断を下す際、これまた無意識に過去の事例からの類推を行い、さらに未来を予測するにあたっては、これまた無意識に過去と現在の事例との対比を行っています。
このようなときに、類推され想起され対比される歴史的な事例が、若い人々の頭や心にどれだけ豊かに蓄積されファイリングされているかどうかが決定的に大事なことなのだと私は思います。
多くの事例を想起しながら、過去・現在・未来を縦横無尽に対比し類推しているときの人の顔は、きっと内気で控えめで穏やかなものであるはずです。
無意識に行う「過去と現在と未来の重ね会わせ」
愚者は教えたがり、賢者は学びたがる。(チェーホフ)
愚者は教えたがり、賢者は学びたがる。
2012-04-09[n年前へ]
■「ありえない!?三条御池」や「春風にめくれるスカート」
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『京都の街で「非ユークリッド幾何学」を体感しよう!?』や「風にめくれやすいスカート」や「ATOK用perl機能追加プラグイン」など。 from 「n年前へ」
烏丸御池から御池通りを「ひたすら真っ直ぐ」と西へ西へと進んでいくと、時代劇の撮影スタジオがあることでも有名な太秦近くに至ります。その太秦に辿り着く直前にある交差点が「三条御池」です。すなわち、東西に走る御池通りと三条通りが交差する交差点です。…何か「おかしくない?」「同じ方向に走るはずの”御池通りと三条通り”が交わることなんか不可能だよね?」と一瞬驚くわけです。
一番、デンジャラス(スカートがめくれやすかった)のは、中学の学生服(冬服)でしたけれども(笑)。
この学生服は、5cmくらいのプリーツで、ロング(ひざ下20cmほどはあったかしら?)でした。
軽い・・・わけではなかったのですが、どーしてあんなに開くのか、とずっと思っていた。
2012-04-04[n年前へ]
■「学問で一人前になるための必要条件」
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「n年前へ」から「学問で一人前になるための必要条件(○×を志す人の性格条件/プログラミングと体力)」
学問で一人前になるための必要条件として、次の四つが挙げられている。
1. 知的好奇心が強い
2. 野心的である
3. 執拗である
4. 楽観的である
このうちの3番目の「執拗である」ためには、「体力・精神力ともに強くなければ、長い作業の中で消耗してしまい頂(いただき)に辿り着くことはできない」から、「執拗である」ためにはそれを支える「体力と精神力があること」が必要だという。
2012-03-17[n年前へ]
■化学変化や向田邦子やスローガン
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酸性の洗剤とアルカリ性のそれを混ぜ合わせたら毒素が生じることはだれでも知っているけれど、自分が出会っただれかと一緒にいることで、何が生じるのかは予測すらつかない。生じたものが自分にどんな作用を促すのかも。
(向田邦子には)喜怒哀楽でいうと「怒」と「哀」はあると思う。しかし、本当の意味での「喜」と「楽」はなかった思います。
短いフレーズやスローガンを掲げて拳を突き上げることへの違和感をどうしても払拭できない。
どうして言葉と言葉すれ違うと化学変化でめちゃくちゃになるの?
2012-03-13[n年前へ]
■お客様という「わがままな神様」
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魚の養殖は、どれだけ「本物」に近づけるかの勝負だ。
(中略) (エサに入れた色素で養殖のサケの身の色を調整するために)消費者が好む色は何色か、調べることにした。…最多得票は、天然にはない「(肌色と赤の)中間色」だった。
「養殖は『ニセモノ』なんて言われた時代もあったけど、消費者が選んだのは『本物』とは違う色だった。お客様ってわがまま。でも、神様ですけど」
2012-03-08[n年前へ]
■何かを作ったことがない人は…
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@tamagotaso "何かを作ったことが無い人は「これくらいなら自分でも本気出せば作れる」と思ってる"
それと同時に、「そんなものは作れるわけがない」と思いがちな「何かを作ったことが無い人」も多いように思う。
「何かを作ったことがない」人は、世の中にあるさまざまなものを「作り上げる」ことの難しさも、世の中にはまだない何かを作ることができる可能性も、その両方がわからないのだろう、と思う。そういう人だからこそ、ずっと「何かを作ったことがない」というステータスのままでいる…のではないだろうか、とふと考える。
2012-03-04[n年前へ]
■過去と未来に呼びかける「現在(いま)の声」
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「繋(つな)がる」という言葉で満ちたこの一年、その何年も前の、けれど同じ3月4日の「n年前へ」から。
この地図を提供していたGoogleの開発者たちは、被災したニューオーリンズの状況を、その地にいる人たちを心配している人たちに向けて、こんな機能追加を(驚くべき素早さで)行ったのでしょうか。
人々が分断され、競争に駆り立てられ、揚句の果てにゴミのように切り捨てられる。そんな社会を誰が望んだであろうか。…遅すぎる気もするが、いま求められているのは人と人のつながりであり、共に生きるための知恵だろう。
日本で最も日没が速い最東端の納沙布岬灯台(北海道)から転倒し、リレー式に最西端の与那国島の西埼灯(沖縄県)に光が灯る頃、日本列島の輪郭が光のリングで結ばれる。これは、140年変わっていないし、永遠に変わらぬ光景だろう。
「過去の景色」と「現在の景色」を、眺めいていると、色々なことが見えてくるに違いありません。…もちろん、そこからは、過去や現在の先にある復興した未来の姿も見えてくるはずです。
「半神」は孤独、決定的なひとつの不在を生きることについて描き、「霧笛」はその孤独な他者へ呼びかける声の乗り越えられなさを描いていると言っていいかもしれない。…ともかくどちらも、深い愛についての話だ。
2012-03-03[n年前へ]
■正しい判断をしない「みんな」はいつも「バブル」を繰り返す。
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3月になりました。昼と夜を365回繰り返すと、地球は太陽の周りを一回りして、また同じ季節がやってきます。
そんな、もうすぐ春が来るはずの3月3日の「n年前へ」は『「バブルは繰り返す」と「学者の態度」』『「自然の力」と「人間の力」』などです。
洪水や地震や津波や噴火・・・といったさまざまを起こす自然の力が強いように、弱い人間もやはりそれでも強い、と私は思います。
そう願いながら、酷い状況の景色だけでなく、とても綺麗だったニューオーリンズの写真を同時に眺めたくなりました。だから、今日はこんな写真を飾ってみました。…人が祈る、ただそんな姿です。
「分数もできない大学生」のような"みんな"が行う判断は正しいと思いますか?
分数ができても、みんなが正しい判断をするとは言えない。金融工学がいかに進もうと、バブルは繰り返す。
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そう願いながら、酷い状況の景色だけでなく、とても綺麗だったニューオーリンズの写真を同時に眺めたくなりました。だから、今日はこんな写真を飾ってみました。…人が祈る、ただそんな姿です。
