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2008-08-06[n年前へ]

エクセルでシミュレーション Vol.7 「吉野家の法則 編」 

 「安い」「早い」「旨い」を兼ね備えたものは売れる、というのが「吉野家の法則」の第1法則である。けれど、それら3つのことは相反することが多いために(「吉野家のジレンマ」)、それら3つのうち最低2つのものがあれば売れることが多い、というのが「吉野家の法則」の第2法則だ。

 「表計算でシミュレーション」というお題で、この吉野家の法則の「安い」「早い」「旨い」を考えてみよう。

 まずは「安い」である。それを言いかえれば、「簡単に手に入れることができる」ということだ。まず、「表計算でシミュレーション」はこの「安い」という条件を非常に上手く満たしている。

  • 表計算ソフトウェア・エクセルを持っている人は多いから、必要な道具を手に入れることが簡単である。
 また、必要なものは決して道具だけでなく、その作業をするための理解力なども必要とされる。その理解に払うための労力・コストも、「表計算でシミュレーション」では安い。なぜなら、離散化された空間が表計算ソフト上のセルとして実感・体感できるからだ。これは非常に納得しやすい。だから、「表計算でシミュレーション」というお題では、「必要な道具をお金を出して手に入れる必要がない」「理解に必要な労力がさほど大きくない」という意味で、非常に「安い」。

 そして、次の「早い」である。これを言い換えてみると、「すぐにできる」ということだ。「表計算でシミュレーション」をする場合には、たとえば、時間的に変わらない(定常な)問題であれば、比較的簡単に計算シートを作ることができる。だから、すぐにできるようなシートを作ることができる範囲内では、「表計算でシミュレーション」というものはとても「早い」のである。ただ、あくまで「比較的簡単に計算シートを作ることができる範囲内では」ということが少し尾を引くのである。

 問題は、最後の「旨い」である。これは、多分、2つの意味がある。ひとつは単純に「実利的なメリット」だ。つまり、たとえば「すぐに仕事に使える」というようなことになる。そして、もう一つは「心としてのメリット」である。それは、たとえば「面白い」「意外だ」「へぇ~」といったような感覚を得ることだと思う。

 先の「比較的簡単に計算シートを作ることができる範囲内では」という先の制限は、これらふた種類の「旨い」と相反することが多い。それが、「表計算でシミュレーション」における吉野家のジレンマなのである。すぐに仕事で使うためには、「定量的に計算結果が正確である」ようなことが要求される。しかし、そうしようとすると、シートを作るのが面倒だったりして、「早い=すぐにできる」ではなくなりがちになってしまう。
 また、「早い=すぐにできる」ようなものは、比較的「当たり前」の計算結果が出てくる。たとえば、等方・等質的な空間でラプラス方程式で解いた静電界計算結果などは、「見た目にいかにも”自然”なもの」になる。それが”自然”なのだから、それでいいではないか、とも思う。しかし、その一方で、それでは意外性も何もなく、「へぇ~」「面白い」という感じを受けないのである。

 このように、「安い」「早い」「旨い」という吉野家提供の三つの評価軸から、「表計算でシミュレーション」を眺めてみると、「表計算でシミュレーションをする講習」が持ちがちな悩みが見えてくる。「早い」と「旨い」の兼ね合いの難しさが見えてくる。

 昨日の『エクセルでシミュレーション Vol.6 「夏にフライパンで卵焼き 編」』の場合は、腕が良いシェフ(I講師)吉野家の法則の3評価項目を見事に上手く兼ね備えているのである。

安い・旨い・早い






2009-05-07[n年前へ]

「86cm Cカップの女性のバストの熱分布の計算例」 

 乳がん検査を楽にすることなどを目的に、女性のバスト変形を有限要素法(FEM)で計算したりする研究は多い。バストを変形させたときの形状変化から、バスト内部に変形のようすが通常と異なる異常な組織、つまり腫瘍などが存在していないかを確認する方法を考えるために、さまざまな研究がおこなわれている。

 技術解説書の「エクセルで熱伝導シミュレーション」の小コラムを書くために、熱伝導の計算例を探してみると、その中に「86cm Cカップの女性のバストの熱分布の計算例」があった。それが、右の画像である。(向って)左が温度分布である。温度が単位を持たない数字として表示されているので具体的な温度に換算しづらいが、最も温度が高い(赤色で表示されている)胸板表面に対して、最も温度が低く水色に表示されている部分では、8割ほどの数値になっている。

 この数値が、外界の温度を0(x100)とし、胴体内部での血液の温度を100(x100)というように扱っていると仮定し、適当な数値を入れてみると、たとえば、外界の温度が20℃で、血流の初期値が38℃としてみると、いちばん温度が高い部分が(38-20)*0.6+20=30.8℃くらいとなり、いちばん温度が低い部分が(38-20)*0.5+20=29℃となる。バストの表面の温度分布に2℃ほどの高低が生じている、ということになる。

 計算結果が、左右・上下で非対称な温度分布になっているのは、たとえば、右の画像のようなバスト内部の血管や脂肪や筋などの各組織構造をモデルに入れているからだろう。逆にいえば、こういう計算をしておくことで、実際の温度測定計測結果を見れば、内部の組織構造の異常が推定できるということになる。非接触の(温度計測用)赤外線カメラで撮影するだけで、簡単計測ができたら(マンモグラフィーは痛くて嫌だ、という声もちらほらと見かけるし)「乳がん検査」の敷居が下がるかもしれない。

そういえば、以前、人体の指を(中央線に対して)対称な形状として、熱伝導計算をしたことがある。「湯冷め」を防ぐ「上がり湯」のヒミツ!?として、指先の熱移動が「熱拡散」「血液の移動による直接熱移動」「外部からの冷却」によってのみ行われるものとしてみて、指の熱分布の計算をエクセルでしてみたのである。こんど、練習がてら、同じように「エクセルでできるバスト熱分布計算」でもしてみよう。もちろん、技術解説書には使えないだろうが・・・。

「86cm Cカップの女性のバストの熱分布の計算例」「86cm Cカップの女性のバストの熱分布の計算例」






2009-12-29[n年前へ]

「カルマンフィルタ」と「エクセルで解く2次元非定常熱伝導問題」 

 正月に、(自分用の)汎用「カルマンフィルタ」ライブラリをRubyとCとExcelで書いてみることにした。たとえば、さまざまなデータ、たとえば、信頼性が低く、誤差の大きなセンサデータや、安定性に欠ける実験データから、現実に近い状態量を推定するツールを作ってみることにした。そして、何か(解析式による)モデル計算や各種シミュレーション計算と比較をしてみたり、それらの計算改善へのフィードバック例を作ってみよう、と考えた。

 そこで、扱う題材を考えつつ、実際に上記のようなことを行っている例を探してみた。すると、たとえば、

  1. 簡単なカルマンフィルタの実験
  2. カルマンフィルターと有限要素法を用いた一次元非定常熱伝導問題に対する推定
  3. カルマンフィルタFEMを使った熱の擬似状態フィードバック制御
といったものがある。これらの記事が(下に張り付けた動画でその一端がわかると思うが)実にわかりやすく・面白くて楽しく・役に立ちそうに見える。何というか、つまるところ、魅力を持つに必要な三拍子がすべて備わっている。

 先日、「2次元非定常熱伝導問題を解く」エクセル・シート、しかも、そのシートに、センサ機能/フィードバック機能なども付けてみた。そんな素材・材料が揃ってきたこともあるので、まずは、PID制御で(疑似三次元空間における)温度制御を行う例をいくつか作り、その後は、上記記事を参考にしつつ「(誤差を付加した)センサ→カルマンフィルタ→制御量最適化」という例でも作ってみることにしよう。

2010-06-24[n年前へ]

続 水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!? 

 「水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!?」の続きです。舞台となっているメーリングリストでは、その話題に花が咲き続けています。

 その話題が出てすぐに、トム・クルーズ似のハンサムなシミュレーション専門家が計算を行い、結果レポートをみんなに配ってくれました。それは、下図のイラスト(Copyright. トム・クルーズ)のようなモデルにもとづいた伝熱シミュレーション計算でした。水の潜熱や対流は無視したものですが、イラストを眺めるだけでも何だか楽しそうな雰囲気が伝わってきます。

その計算結果は、水風船を800℃の炎で熱し始めると、10秒後には水風船のゴムの外側は60℃で、水風船のゴムの内側は50℃になる、という結果でした。つまり、「ライターの炎で水風船を10秒あぶったとき」には、水風船は温かくなるけれども、風船が割れたりはしない、という結果でした。そして、ライターの炎で水風船を40秒あぶると、水風船ゴムの外側は120℃になり、ゴム内側に接している水部分は100℃に達する、という具合です。

 あるいはまた、とてもシンプルに、

 水の熱伝導率は樹脂と大差ありません。だから、水が対流しないと、すぐに100℃を超えてしまいそうですから、対流の効果は無視できそうにないですね。
 また、水風船のゴム境界における熱伝達係数をαとすれば、風船ゴムへの流入熱量qは炎の温度とゴムの温度差にαを掛けた程度で,もし、α=20[W/m^2/K]で炎が800℃強なら、qはおよそ16000[W/m^2]程度になりますね。これが風船を通過する熱流束ですから、風船の熱伝導率をλ,厚さhとすれば、ゴム外部表面と内側表面の温度差は ΔT=qh/λ より大きくはなることはありません。ですから、λ=0.16[W/m/K],h=200E-6[m]ならΔT=20℃で,水が100℃になっても表面温度は120℃止まりとなります。
という解説が、十年近く私たちに伝熱計算を教え続けている方からされたりしたわけです。

 そんな平穏が訪れたかのように思われた瞬間に、メーリングリストに一通のメールが流れたのでした。

 偶然、手元に水風船があったので、シミュレーション計算を信じてライターの炎であぶってみたら、20秒ほどで破裂してしまい、水浸しになりました…(泣)。部屋の中がずぶ濡れです…ひどい目に遭いましたorz。
 この衝撃的なメールをきっかけに、”トム・クルーズ似のハンサムなシミュレーション専門家”は、「え”~、シミュレーション計算なんてしなければよかった(--)」という、身もふたもない言葉を吐き、ちゃぶ台がひっくり返されて、どんな現象が起きているのかについてのさまざまな議論が始まり、仕事帰りに水風船を買って今夜は絶対実験をするぞ、という一派も生まれ…という具合に、何だかみんな”科学の実験と計算”に燃え始めているのです。

 こんな風に、口でなく、楽しそうに、手を動かし解析(数値)計算なり・実験なりを行っている人たちを見ると、何だかとてもうらやましく楽しくなりますね。…というわけで、この話題(も)まだまだ続きます。(>>「続々 水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!?」を読む)

続 水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!?






2010-06-25[n年前へ]

続々 水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!? 

 「水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!?」「続 水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!?」の続きです。

 水で満たされている水風船がある。その水風船を下からライターの炎で火が広く当たるようにあぶってみることにする。ライターの炎で水風船を10秒あぶったとき、そのときどのような事態が起きているだろうか?60秒ならどうだろう?水風船の大きさや各種条件や、もちろん、実験をする「環境」をも色々な状況下で想像したときに、どのようなことが・どのように生じるか答えなさい。
という問題が出され、それに対してシミュレーション技術に通じた講師陣が(何しろすでに7年連続で表計算ソフトを使った各種シミュレーション実習講習会を続けている方々ですから)、すぐさま手を動かし答えを出したと思いきや、その講師陣の一人がさらに手を動かして、
 偶然、手元に水風船があったので、シミュレーション計算を信じてライターの炎であぶってみたら、20秒ほどで破裂してしまい、水浸しになりました… (泣)。部屋の中がずぶ濡れです…ひどい目に遭いましたorz。
と、シミュレーション計算に反する実験結果を提出したのでした。

 そこで、「燃焼反応が起きているときに、伝熱問題として解けるのか?」とか「熱伝達だけでなく、輻射熱も考えなければいけないかもしれない」とか、「高温微小粒子がゴム表面に接触したかもしれない」「昇温で加硫が進み変性しているかもしれない」とか、ケンケンガクガクとさまざまな可能性が提出され、口から唾が飛び、灰皿が飛び交う状態になったのです。

 どうやら、材料状態や実験過程に依存するところも多そうだ、と思えてきたので、私も(100円ショップで必要な材料を買い)追試実験をしてみることにしました。その実験の様子を撮影したのが、下に張り付けた動画になります。夜の林の中で炎を灯し、その上に綺麗に透けて見える風船をかかげてみたので、ただただ眺めるだけでも面白く幻想的な映像になっていると思います。(もちろん、口だけで何かの可能性を言う人はひとりもおらず、みな数字を挙げつつ定量的な話をしているわけです。

 私が行ってみた実験では、風船が割れることはありませんでした。炎を華やかに大きく広げるパーティーキャンドルで水が入った風船を炙(あぶ)り続けたり、ライターで延々と水風船の下を熱し続けたのですが、水風船は割れず、また、水風船の下を触ってみても、40度にも達していないような感じでした。

 ただし、炎で炙(あぶ)り始めてから10秒後には、風船から水がにじみ始め、15秒後には風船にピンホールが空いたようで、水がその穴から飛び出し始めました。…とはいえ、風船が割れることはありませんでした。…ということは、材料の均質性の原因か、風船ゴム内に生じた気泡の原因か、けれど、応力集中で割れなかったことを考えると、他の考え忘れている要因に影響されているような…とまだまだ完全に理解するためには奥が深そうです。

 もうひとつ面白かったのは、パーティーキャンドルで風船を炙(あぶ)っていたときには、風船は綺麗なままでしたが、ライターで炙(あぶ)ったときには、風船の下側に煤(スス)がみるみるまに広がり付着していったことでした。ライターではガスを完全に燃焼させることができていないようです。

 さて、水風船を火であぶってみても、材料次第・条件次第でさまざまな現象が起きるようです。20秒ほどで風船が割れるときもあれば、何分も割れない場合もある。…ものごとは簡単にふつうの言葉で説明できるほど単純ではありませんし、かといって、正確に説明しきろうとしたら、もしかしたら、その説明を最後まで読んでくれる人はいないかもしれません。けれど、何はともあれ、手を動かし計算をしたり、手を動かして実験をしたりするその過程はとてもスリリングで楽しいものです。…というわけで、まだこのシリーズ(も)まだまだ続きます。(>>「水風船をライターの炎であぶると何が起こるか考える!? 第4回」を読む)



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