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2004-04-21[n年前へ]

折田先生像がやってくる。 

 昨日の、「自己決定」を謳う側もそして「自己責任」を問う側も「自己」に重きを置いていないようにも思えてしまったりもする、という一文へのこんな言葉

それはもしかしたら、自己決定の先にあるのは「わたしに構わないで欲しい」ということであり、自己責任の先にあるのは「あなたのことなんか知らない」ということになってしまうからではないだろうか、とか思う。つまり、あなたとわたしの関係性の放棄。
 そうか、確かにそうなのかもれない。そして、そんな一文を読んだ後に、今では折田先生像に新たな命を吹き込んだことでも有名な戸田氏の日記を読む。
イラク人質問題をめぐって「自己責任」という一見自明の言葉が飛び交っているが、これはかなり眉唾物である。…そういう目に見えやすい「自己責任」だけ、この国の国民は追及するのだ。…しかしながら3人のもと人質にも言いたいことはある。あなた方の正義感と勇気には敬意を表するが、もっと自分たちの行動を「政治的」にとらえてほしい。

 折田先生像は日独伊三国同盟が結成された年に建立された。そして、イラク軍がクウェートに侵攻したその年に折田先生は初めて「怒る人」に姿を変えた。それからは毎年のように氏は私たちに何かを伝え始めるようになった。米国がイラク侵攻を行った年には、彼はゴルゴ13の姿で何かにライフルを向けた。

 無言のまま折田先生がさまざまな姿で伝えようとしているものを想像しながら、先生の像と共に世界の出来事を振り返るのももしかしたら良いのかもしれない。折田先生像はただ人を楽しませるだけのものではないのである。

2008-03-06[n年前へ]

「変わらないもの」と「変わるもの」 

 「あの写真を載せるという判断」が理解できない。が、そういう新聞を買い続ける人がいるのもまた確かか。

 僕は偉そうに人に意見する人がすごくイヤなんです。…だから、なんかの主張をがなりたてるよりも、普通の人たちの日常を歌にする方がいいと思うようになった。

 魔夜峰央が長く続くのは、最前列(近く)にいたけれど一番手には一度も立ってないからだよね。一番手を続けていたら、なかなか十年は持たないからね。

 もしかしたら、自己決定の先にあるのは「わたしに構わないで欲しい」ということであり、自己責任の先にあるのは「あなたのことなんか知らない」ということになってしまうからではないだろうか、とか思う。つまり、あなたとわたしの関係性の放棄。

 折田先生像は日独伊三国同盟が結成された年に建立された。そして、イラク軍がクウェートに侵攻したその年に折田先生は初めて「怒る人」に姿を変えた。それからは毎年のように氏は私たちに何かを伝え始めるようになった。米国がイラク侵攻を行った年には、彼はゴルゴ13の姿で何かにライフルを向けた。

 人が何を望み、そして、それを叶えていくには どういった技術が必要なのか。そして、どのようにそれが幸せに繋がっていくのか、そういうことを真面目に考えつつサービス・技術の提供をして行きたいのです。



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