2003-05-26[n年前へ]
■イベント・コンパニオンのヒミツ!?
ミニか否かはハイヒール次第
世の中には「知っている人は知っている。だけど、知らない人は全然といって良いほどに知らない」というコトが数限りなくある。例えば、「スクール水着のお腹部分には大きな穴が開いている」というスクール水着のヒミツもそんなコトの一つであるし、「ミニスカートの長さは32cmを境として見える見えないの境界線が決まっている」なんていうミニスカートのヒミツもその一つであった。
知っている人には「何でいまさらそんなことを…?」と感じられるコトであっても、そのコトを知らない他の人にとってはそのコトは衝撃的以外の何ものでもなかったりするコトがある。「知っている人は知っている。だけど、知らない人は全然といって良いほどに知らない」なんていうコトほど、知っている人と知らない人の間の受け取り方のギャップが大きくなるものはないのである。
そんな「知っている人は知っている」というコトの一つがsuchi today経由で知った右の写真から判る「イベント・コンパニオンの足下のヒミツ」に違いない。
| 画像はTECHSIDE ビジネスシヨウ2003への直接リンク |
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まずは、そのヒミツが隠されている右の写真をよく眺めてみよう。この写真を眺めてみてももしも何も感じなかったら、あるいはこんな写真や、こんな写真、あるいは、こんな写真を立て続けに見ると判りやすいだろうか。とにかく、どの写真を見ても「あぁこれは一点透視遠近法以外の何者でもないぞ」という感じを心の中で強く受けるハズなのである。見事なぐらいに画面の奥へ奥へと直線が伸びているようすを感じるハズなのだ。
その理由はもちろん、コンパニオン達のつま先の位置も、スカートの端の位置も、視線の位置も全員が全員同じであるからだ。それはまるで、コピーして何人も複製して並べたかのように手前から奥まで全員が全員みんな同じなのである。そのせいで、コンパニオン達のつま先の位置も、スカートの端の位置も、視線の位置も、その全部が全部一直線となって画面の奥へ伸びているように見えるのである。
もちろん、現実にこれらの写真の中のコンパニオン達がみんながみんなが身長であるわけも、足の長さも同じわけであるわけもなくて、そのコンパニオン達の足下をよくよく眺めてみれば、ハイヒールの高さを調節することで背の高さを調節していることが判るに違いない。もちろん、上に挙げた他のいくつかの写真をよく眺めてみても、やはり同じようにハイヒールの高さで調節していることが判るのである。それは知ってしまえば当たり前の話で、身長が低いからといって大きい服を着せてしまえばそれはとてもヘンであるし、身長が高いからといって短いスカートを履かせたりしたら、それはもっと大ヘンな事態に陥るに違いないのである。つまり、結局のところ
「各人それぞれの本当の身長」+「各人それぞれの身長調整用ハイヒール」 = 「みんな同じ身長」となっているわけで、つまりは「金正日(キムジョンイル) ナゾの9%」と同じ身長調整システムになっているのである。コンパニオン達の股下にあるけど足じゃない、コンパニオン達の膝下にあるけど何故か足じゃない、コンパニオン達には何かヘンな部分があるという「金正日と同じ身長調整システム」なのだ。
しかし、「金正日と同じ身長調整システム」と同じということは、そのシステムを使った場合にはやたらめったら股下長さが長くなってしまうという弊害が現れるハズなのである。例えば「女性の身長v.s.股下比率」を見てみても、女性の足の長さは(身長が高い場合には比較的身長に占める股下長さが長いとはいえ)身長の 42~47%程度、つまりは身長の半分以下に過ぎない。しかし、このコンパニオン達のように身長を足下で調整してしまったりすると、その「各人それぞれの身長調整用ハイヒール」の高さが「各人の足の長さ」の中に繰り込まれてしまうのである。ということは、やたらめったら股下長さが(一見)長く見えてしまうのだ。それを言い換えるならば、そのコンパニオンの「足の長さだけがミョーに長く見えてしまう」のである。その人の体に比べてやたらに足が長く見え、そのスカートから伸びる足がやたらに長く見えてしまうのである。例えばそのコンパニオンが本当の身長にジャストフィットするようなスカートを履いていたりしたならば、その足を隠すスカートの丈が少しばかり(足に比べて)短く見えたりすることになるのである。つまり、そのコンパニオンがミニスカートを履いているように錯覚してしまったりするのである。
とはいえ、コンパニオン達にとっては「足の長さが長くなってしまう」というのは別に弊害となるわけではない。足が長く見えるのは、それはとってもウレシイ話にしか思えないハズである。それを喜びこそすれ、悲しんだりするわけはないのだ。むしろ、その悲劇は一見無関係に思えるワタシ達傍観者の側に訪れるのだ。なぜなら、それらのコンパニオンに見とれるワタシ達は
- スカートから伸びる足がやたらに長く見え、スカートの丈が足の長さに比べて短いぞ、と気づく
- ということは、アレは結構なミニスカートだなと考えて(実は勘違い)、も・もしかして見えるかも… 、と期待をする
- しかし、実際にはそのスカートが短いわけではないので(それにワタシ達は気づくこともなく)、無駄な時間を過ごしてしまう…
しかし、「コンパニオン達が身長を足下で調整している」という簡単で「知っている人は知っている」事実を知っしまえば、実はコンパニオン達が「金正日と同じ身長調整システム」を採用しているという「イベント・コンパニオンの足下のヒミツ」を知りさえすれば、もう金輪際ワタシ達がこんな悲劇的なシチュエーションに陥ることはないのである。例えば、無垢なワタシ達がもしも何かのイベントに行ったとしても、まずは即座にコンパニオンの足下を確認し、「そのハイヒールがずいぶんと厚底である」と確認したならば、哀しげに首を振りながら「あのスカートは短く見えるけれどそれは目の錯覚で、本当は特に短くもないただのスカートなのだ」と自分を静かに納得させることができるようになるのである。そしてさらには、コンパニオン達の足下を見渡して、ハイヒールの「かさ上げ」がほとんどないコンパニオンを見つけたならば、「このコンパニオンのスカートは(短くは見えないけれど)本当は短いのだ」と心の中で喜びつつ、満足感と期待感とともにそのスカートに見とれることができるようになるのである。
というわけで、イベントに行ったならばコンパニオンの足下をまずは確認すべし、そして低いハイヒール(という言い方もヘンだが)のコンパニオンを見つけてそのスカートに見とれるべし、というのが今回の「必ずトクする今日の一言」なのである。いや、ホントのところはどうだか知らないのだけれど…。
2006-10-09[n年前へ]
■「オッパイ星人」だって、ハッカーになりたい……!?
■ 「ハッカー」でない私ですが…
高校時代の同級生だった川合史朗さんからバトンが回ってきましたが、私は「ハッカー」ではありません。コンピュータを使い出したのは'80年くらい*1でしたから、コンピュータ歴だけは長いことになります。けれど、プログラミングをしていたと言えるのは、地震予知のための計測システム開発*2のためにCで岩盤変形のシミュレーション・プログラム*3を組んでいた大学院時代だけで、「ハッカー」の「ハ」の字も知らないうちに現在に至ってしまいました。たまに、遊びで小さなプログラムを作ることもありますが、アイデア一発型のネタばかり*4で作った後はいつも放置してしまう…という情けない状態です…。
そんな私ですが、スイカに塩を振りかければより甘くなる、という例もあります。ハッカー猛者の方々に「ハッカーになれなかった人」が混じってみるのもちょっと面白いかもしれない*5と期待し、ハッカーの気持ちを適当に想像(妄想)しながら*6、思いついたことを書いてみます。
*1 あまり表だっては言いづらいのですが、秋葉原でapple][ コンパチの部品を買って組み立て使っていた世代です…。
*2 この研究を数年後に引き継いでいたのが「スーパー・ハッカー」近藤淳也 はてな社長です。私とはまさに天と地ほどの差がある方です…。
*3 そのときに使った参考書が「C言語による有限要素法入門」著者は(今ではベストセラー推理小説を量産する作家として有名になってしまった)森博嗣氏です。
*4 日本語変換のATOKにPerl・Ruby・Cなどで各種拡張機能をさせるプログラムとか、ノートPC内蔵の加速度センサを利用して立体ディスプレイモドキを実現するソフトとか…。
*5 なにしろ、川合さんが私にバトンを放り投げた理由も「見慣れた面子ばかりだと面白くないので、趣向を変えて(ハッカーというわけではないが)平林さんを」なのですから… _|‾|○
*6 2006年3月号で高林 哲氏がハッカーの習性として書かれていたハッカー精神「深追い、佳境、バッドノウハウ」と共通することもあるかもしれません→「オッパイ星人とバッドノウハウ」を参考に。
■ 「自分のための勉強」を楽しくやろう
就職して数年した頃、「自分の知識・技術を向上させる機会」や「考えたことを残しておく場所」がほとんどないことに気づきました。そこで、自分が知りたいことを定期的に学び・考えてみることにしたわけです。そして、その「学び・考えた」結果を残しておく場として作ったのが、"hirax.net"です。ですから、サイト"hirax.net"というのは私にとって「自分のための勉強ノート」です。
当初、この「自分のための勉強ノート」は勤務先のイントラ内サイトとして作りました。しかし、企業内インフラの利用制限が厳しくなってきたこともあり、'98年頃に勤務先のイントラ内部から外のインターネットの世界に引っ越して、現在の"hirax.net"になりました。また、それと同時に「自分のための勉強ノート」の内容を「役に立たない(ように見える)こと」に変えました。それは、「書く内容を業務から離れたものにする」ためです。企業内で研究開発という仕事をしていると、やはり業務内容に近いことを考えていることが多いわけですが、そういう内容を外で公開するわけにはいきません。そこで、(勤める会社のためでなく)自分自身のために「高度な技術」を勉強するけれど、その技術を適用して考えてみる対象・内容は「実利的には何の役にも立たないこと」にしよう、と決めたわけです。
その結果、流体力学のナヴィエ・ストークスの方程式の解法プログラムの勉強をするけれど、その計算対象は「スクール水着の周りの水の動き」であったり…、有限要素法のプログラムを勉強はするけれど、その解析対象は「女性のバスト」であったり「男性のアレ」だったり、ということになってしまいました…。つまりは、それが、"hirax.net"の「高度な技術を無駄に使う」というスタイルです。そういうスタイルにしたことで、「自分の勉強」を楽しくやることができました。何しろ、難解な流体力学の教科書も(女性のバストと同じような感覚を空気抵抗で再現することができると想像すると)ワクワクする気持ちで読むことができますし、行列計算プログラムを作る作業も(女性のバストの変形を計算できると思えば)素晴らしく楽しい作業に変わるのですから*7。
*7 男とはそういうものです(女性読者の方々へ)。なお、女性のためには、科学の粋を凝らした「豊胸ブラジャー」「美人化ソフト」も用意しています。
■ 「やりたいこと」はやってみないとわからない
「自分のための勉強ノート」ですから、いつでも私は「自分がやりたい」勉強をしていました、と言いたいところですが、そういうわけではありませんでした。なぜかと言うと、「自分のやりたいこと(勉強したいこと)」はこれだ、と自分でハッキリわかっていなかったからです。「(自分がやりたい)何か一つのこと」がよくわからないまま、「ずっと、その場その場で気になったことを勉強して(遊んで)きた」感じでした。その瞬間その瞬間の好奇心の赴くままに、目の前の謎・パズルを(その秘密を解くことができそうな科学技術を勉強しつつ)、楽しみながら考え続けるということを長く続けているうちに、自分のやりたいこと、「楽しくなる科学技術」という方向性*8がようやく見えてきたというのが本当のところです*9。
「やりたいこと」をいきなり思いつき、一晩ノリノリ体力バリバリにプログラミングをして、それを作り出すことができるスーパー「ハッカー」も世の中にはいるだろうと思いますが、私のように、「自分のしたいこと」を自分自身でもよくわからないという方も多いと思います*10。そんな人(時)は、とりあえず何でもいいから続けてみるのもコツだったりするのかもしれません。そうすれば、「将来長い時間をかけて自分がやりたいこと」も浮かび上がってくるだろうし、そういった「将来・現在やりたいこと」が「これまでにやったこと」と繋がってくること*11も多いと思うのです。
*8 Tech総研の編集者いわく「平林さんのやりたいことは、科学技術と男と女ですね、」だそうですから。
*9 「数字がバラバラに書いてあって、その数字を順番になぞっていくと最後に絵が浮かび上がるパズル」みたいなものですね。
*10 川合史朗さんが訳されたPaul Grahamの「知っておきたかったこと」には、若い人がやりたいことを見つけるにはどうしたら良いかが書かれています。
*11 自分用のプログラム・ライブラリを作っていくと、作業が楽になるようなものです。
■ 「長く続ける」コツ
「とりあえず何でもいいから続けてみる」と書きましたが、「続けるということ」は実は難しいことだろう、と思います。(飽きっぽさでは天下一品の)私が比較的長く続けることができた理由の一つは、「その瞬間その瞬間の好奇心の赴くまま」=「いつでも、その瞬間に好きなことを楽しんでいた」からだったと思います。だから、飽きることなく(内容は実は変わっているわけですから)続けることができたわけです。
「自分の好きなことをする」と長く続けることができると思うのですが、そのためには「自分の好きなことを見失わないようにする」ことが必要です。そして、「自分の好きなことを見失わないようにする」ためには、「他人の感想を(あんまり)気にしない」ということが一番です。一回、自分のイメージをどん底まで突き落としてみるのも良いかもしれません*12。
自分が「これは凄い!」と思うことが、他の人にとっては「これ、何だか全然面白くないなぁ…」と感じられることはよくある話です。人それぞれ、好みも背景も色々なことが違うのですから、それは当然です。「ただ一つの正解があるようなこと」を追求したいなら別だと思うのですが、そうでない「自分の好みを追求」しようとするならば「他人を参考にして学ぶのは良いけれど、あんまり他人の感想は気にしない」ということが結構良いような気がします。他人の感想を気にしすぎると否定的な感想に凹んでしまうこともありますし、他人の期待に沿ってやることを変えていってしまうと、いつの間にか「自分の好きでないあたり」まで流れていってしまうことも多いと思います。
*12 私の場合、「オッパイ大好きな変態じゃないの?」というような感想を言われまくりで、自分のプライドなんかどっか遠くに消えていってしまいました。その結果、他の人の感想(的確な指摘とも言う)を気にしないというワザが使えるようになったのです…。
■ やっぱり他の人に伝えたいから「わかりやすく」
他人は自分とは違うものですから、他の人をあまり気にしないようにしたいと思ってはいます。それでも、やっぱり「自分が楽しいと思うことを他の人に伝えたい」とも思っています。自分が面白いと思うことを見つけた時、それに共感してくれる人がいたらうれしいものです。他の人を過剰に気にしないようにした方がいいとは思う一方で、「自分の考えたこと・感じたことを他の人に伝え」「自分の作ったものを公開する」上で「他の人にもわかりやすく・他の人が眺めやすい」ようにしようという試行錯誤は続けていこうと思っています*13。
*13 そんな「他の人に伝える」ための試行錯誤の結果、面白く人にわかりやすくプレゼンテーションをするにはどうしたら良いか?という書籍「理系のためのプレゼンのアイデア」を技術評論社から11月に刊行予定です
■ 「バトン」が次に飛ぶ先は…?
さて、次回へのバトンは増井俊之さんに渡そうと思います。「わかりやすさ」「スーパー・ハック」を華麗に両立させている増井さんの秘密を伺ってみたいと思います。
*p1*「オッパイ星人」だって、ハッカーになりたい……!? 高校時代の同級生だった川合史朗さんからバトンが回ってきましたが、私は「ハッカー」ではありません。コンピュータを使い出したのは'80年くらい*1でしたから、コンピュータ歴だけは長いことになります。けれど、プログラミングをしていたと言えるのは、地震予知のための計測システム開発*2のためにCで岩盤変形のシミュレーション・プログラム*3を組んでいた大学院時代だけで、「ハッカー」の「ハ」の字も知らないうちに現在に至ってしまいました。たまに、遊びで小さなプログラムを作ることもありますが、アイデア一発型のネタばかり*4で作った後はいつも放置してしまう…という情けない状態です…。
そんな私ですが、スイカに塩を振りかければより甘くなる、という例もあります。ハッカー猛者の方々に「ハッカーになれなかった人」が混じってみるのもちょっと面白いかもしれない*5と期待し、ハッカーの気持ちを適当に想像(妄想)しながら*6、思いついたことを書いてみます。
*1 あまり表だっては言いづらいのですが、秋葉原でapple][ コンパチの部品を買って組み立て使っていた世代です…。
*2 この研究を数年後に引き継いでいたのが「スーパー・ハッカー」近藤淳也 はてな社長です。私とはまさに天と地ほどの差がある方です…。
*3 そのときに使った参考書が「C言語による有限要素法入門」著者は(今ではベストセラー推理小説を量産する作家として有名になってしまった)森博嗣氏です。
*4 日本語変換のATOKにPerl・Ruby・Cなどで各種拡張機能をさせるプログラムとか、ノートPC内蔵の加速度センサを利用して立体ディスプレイモドキを実現するソフトとか…。
*5 なにしろ、川合さんが私にバトンを放り投げた理由も「見慣れた面子ばかりだと面白くないので、趣向を変えて(ハッカーというわけではないが)平林さんを」なのですから… _|‾|○
*6 2006年3月号で高林 哲氏がハッカーの習性として書かれていたハッカー精神「深追い、佳境、バッドノウハウ」と共通することもあるかもしれません→「オッパイ星人とバッドノウハウ」を参考に。
■ 「自分のための勉強」を楽しくやろう
就職して数年した頃、「自分の知識・技術を向上させる機会」や「考えたことを残しておく場所」がほとんどないことに気づきました。そこで、自分が知りたいことを定期的に学び・考えてみることにしたわけです。そして、その「学び・考えた」結果を残しておく場として作ったのが、"hirax.net"です。ですから、サイト"hirax.net"というのは私にとって「自分のための勉強ノート」です。
当初、この「自分のための勉強ノート」は勤務先のイントラ内サイトとして作りました。しかし、企業内インフラの利用制限が厳しくなってきたこともあり、'98年頃に勤務先のイントラ内部から外のインターネットの世界に引っ越して、現在の"hirax.net"になりました。また、それと同時に「自分のための勉強ノート」の内容を「役に立たない(ように見える)こと」に変えました。それは、「書く内容を業務から離れたものにする」ためです。企業内で研究開発という仕事をしていると、やはり業務内容に近いことを考えていることが多いわけですが、そういう内容を外で公開するわけにはいきません。そこで、(勤める会社のためでなく)自分自身のために「高度な技術」を勉強するけれど、その技術を適用して考えてみる対象・内容は「実利的には何の役にも立たないこと」にしよう、と決めたわけです。
その結果、流体力学のナヴィエ・ストークスの方程式の解法プログラムの勉強をするけれど、その計算対象は「スクール水着の周りの水の動き」であったり…、有限要素法のプログラムを勉強はするけれど、その解析対象は「女性のバスト」であったり「男性のアレ」だったり、ということになってしまいました…。つまりは、それが、"hirax.net"の「高度な技術を無駄に使う」というスタイルです。そういうスタイルにしたことで、「自分の勉強」を楽しくやることができました。何しろ、難解な流体力学の教科書も(女性のバストと同じような感覚を空気抵抗で再現することができると想像すると)ワクワクする気持ちで読むことができますし、行列計算プログラムを作る作業も(女性のバストの変形を計算できると思えば)素晴らしく楽しい作業に変わるのですから*7。
*7 男とはそういうものです(女性読者の方々へ)。なお、女性のためには、科学の粋を凝らした「豊胸ブラジャー」「美人化ソフト」も用意しています。
■ 「やりたいこと」はやってみないとわからない
「自分のための勉強ノート」ですから、いつでも私は「自分がやりたい」勉強をしていました、と言いたいところですが、そういうわけではありませんでした。なぜかと言うと、「自分のやりたいこと(勉強したいこと)」はこれだ、と自分でハッキリわかっていなかったからです。「(自分がやりたい)何か一つのこと」がよくわからないまま、「ずっと、その場その場で気になったことを勉強して(遊んで)きた」感じでした。その瞬間その瞬間の好奇心の赴くままに、目の前の謎・パズルを(その秘密を解くことができそうな科学技術を勉強しつつ)、楽しみながら考え続けるということを長く続けているうちに、自分のやりたいこと、「楽しくなる科学技術」という方向性*8がようやく見えてきたというのが本当のところです*9。
「やりたいこと」をいきなり思いつき、一晩ノリノリ体力バリバリにプログラミングをして、それを作り出すことができるスーパー「ハッカー」も世の中にはいるだろうと思いますが、私のように、「自分のしたいこと」を自分自身でもよくわからないという方も多いと思います*10。そんな人(時)は、とりあえず何でもいいから続けてみるのもコツだったりするのかもしれません。そうすれば、「将来長い時間をかけて自分がやりたいこと」も浮かび上がってくるだろうし、そういった「将来・現在やりたいこと」が「これまでにやったこと」と繋がってくること*11も多いと思うのです。
*8 Tech総研の編集者いわく「平林さんのやりたいことは、科学技術と男と女ですね、」だそうですから。
*9 「数字がバラバラに書いてあって、その数字を順番になぞっていくと最後に絵が浮かび上がるパズル」みたいなものですね。
*10 川合史朗さんが訳されたPaul Grahamの「知っておきたかったこと」には、若い人がやりたいことを見つけるにはどうしたら良いかが書かれています。
*11 自分用のプログラム・ライブラリを作っていくと、作業が楽になるようなものです。
■ 「長く続ける」コツ
「とりあえず何でもいいから続けてみる」と書きましたが、「続けるということ」は実は難しいことだろう、と思います。(飽きっぽさでは天下一品の)私が比較的長く続けることができた理由の一つは、「その瞬間その瞬間の好奇心の赴くまま」=「いつでも、その瞬間に好きなことを楽しんでいた」からだったと思います。だから、飽きることなく(内容は実は変わっているわけですから)続けることができたわけです。
「自分の好きなことをする」と長く続けることができると思うのですが、そのためには「自分の好きなことを見失わないようにする」ことが必要です。そして、「自分の好きなことを見失わないようにする」ためには、「他人の感想を(あんまり)気にしない」ということが一番です。一回、自分のイメージをどん底まで突き落としてみるのも良いかもしれません*12。
自分が「これは凄い!」と思うことが、他の人にとっては「これ、何だか全然面白くないなぁ…」と感じられることはよくある話です。人それぞれ、好みも背景も色々なことが違うのですから、それは当然です。「ただ一つの正解があるようなこと」を追求したいなら別だと思うのですが、そうでない「自分の好みを追求」しようとするならば「他人を参考にして学ぶのは良いけれど、あんまり他人の感想は気にしない」ということが結構良いような気がします。他人の感想を気にしすぎると否定的な感想に凹んでしまうこともありますし、他人の期待に沿ってやることを変えていってしまうと、いつの間にか「自分の好きでないあたり」まで流れていってしまうことも多いと思います。
*12 私の場合、「オッパイ大好きな変態じゃないの?」というような感想を言われまくりで、自分のプライドなんかどっか遠くに消えていってしまいました。その結果、他の人の感想(的確な指摘とも言う)を気にしないというワザが使えるようになったのです…。
■ やっぱり他の人に伝えたいから「わかりやすく」
他人は自分とは違うものですから、他の人をあまり気にしないようにしたいと思ってはいます。それでも、やっぱり「自分が楽しいと思うことを他の人に伝えたい」とも思っています。自分が面白いと思うことを見つけた時、それに共感してくれる人がいたらうれしいものです。他の人を過剰に気にしないようにした方がいいとは思う一方で、「自分の考えたこと・感じたことを他の人に伝え」「自分の作ったものを公開する」上で「他の人にもわかりやすく・他の人が眺めやすい」ようにしようという試行錯誤は続けていこうと思っています*13。
*13 そんな「他の人に伝える」ための試行錯誤の結果、面白く人にわかりやすくプレゼンテーションをするにはどうしたら良いか?という書籍「理系のためのプレゼンのアイデア」を技術評論社から11月に刊行予定です
■ 「バトン」が次に飛ぶ先は…?
さて、次回へのバトンは増井俊之さんに渡そうと思います。「わかりやすさ」「スーパー・ハック」を華麗に両立させている増井さんの秘密を伺ってみたいと思います。
