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2007-06-07[n年前へ]

モバイル・プラネタリウム PC版 

 携帯電話で眺める星空"Monile Planetarium"を、PC用WEBページとして作り直しました。もとのケータイ版Mobile Planetarium自体もPCから眺めることができますが、せっかくのPC版、もう少し大きな画面表示を行うようにしておきました。

 Mobile Planetarium(for PC)はノートPCの液晶や小さなCRTの画面越しに、見えない星空を眺めてみるためのWEBページです。180ピクセル x 180ピクセルの、あなただけの、小さな小さな天文台です。真上に見える星空、あるいは、星がほんの少ししか見えない空の下で、好きな時間・好きな場所へと移動して、星を眺めてみることができるのが、モバイル・プラネタリウム PC版です。あなたのいる場所を、地球上のさまざまな場所に変え、あなたのいる街を空気の綺麗な高原に変え、あるいは、空気の汚れた大都会に変え、そこから星や星座を眺めることができるWEBページです。

2007-09-11[n年前へ]

新陳代謝と海面を歩く 

 「ソースティン・ヴェブレンというアメリカの経済学者」を知ったのは、つい最近だ。ヘアカタログを題材にしたプログラムを書くために、グラント・マクラッケンが書いた「ヘア・カルチャー(もうひとつの女性文化論)」を読んでいるときに、そのソースティン・ヴェブレンという名前に出会った。

 ブログと呼ばれる個人サイトでも、昔見たネタが少しの時間をおいて流行ることが多いように見えます。古くから眺めている人にとって見れば、飽き飽きしたネタが繰り返し流行ることがよくあります。
 この本の原題は、"Big Hair (A jouney into the transformation of self)"だ。
 夕暮れ近くの海を自転車で巡る。潮が満ちてきて、防波堤が海に沈む。防波堤の上を歩いていく人がいる。防波堤はずっと波に洗われているから、その人はまるで波の上を歩いているように見える。
 その原題にも入っている"Big Hair"に関する章の中に、"代理消費"ヴェブレンがいた。黒柳徹子や横浜銀蠅や、ツッパリ・ハイスクール・ロックンロールたちの源流が解説される中で、ヴェブレンの姿を見かけた。
 今まさに誰かが傷んでいるまだ飛べない雛たちみたいに僕はこの非力を嘆いている
 どんなミステリーも、どんな構造物も、すべては螺旋階段のようだ、とある時に聞いた。何度も同じような景色を、けれど少しづつ違うところから眺めていくものだ、と聞いた。
 一年の周期で、技術雑誌が同じような特集記事を繰り返す。どの雑誌でも5月号は必ず「新人フレッシャーズのための」という特集を組み、それから少し時を経た2月号辺では、画像関係の特集を組む。「学研の科学と学習」が、毎年同じような特集を繰り返すのと同じだ。
 それは、ウンベルト・エーコが書いたバラの名前を輪講で読んでいる時だったか、レイモンド・カーバーを読んでいるときだったか、そんな教室で聞いた言葉だった気がする。
 不思議だけれど、「海面を歩くこと」が当たり前のように見える場所もある。
 グルグル回る螺旋階段のように、技術雑誌は一年周期で、必ず同じような特集記事を繰り返す。それは、絵に描いたような「何度も同じような景色を、少しづつ違うところから眺める」というビューティフル・ドリーマーな景色だ。
「会社にはメカ・ソフト・電気の三人がいれば十分です」
 三人編成のバンドっていいな、と良く思う。見た目のバランスもいいし、音もなかなか飽きない。
 雑誌の読者層は入れ替わっていきますから、毎年同じ特集を繰り返しても、「読者にはいつも新鮮な記事」になります。そう思わない古い読者は、いずれ読者ではなくなるのです。
 色んな人たちがいる。朝顔の蔓のように、DNAが形作る螺旋階段を時をおいて昇る色んな人がいる。
 バーベキューをしている人もいるし、パラグライダーで空に浮いている人もいる。走っている人もいて、スケートで滑っている人もいる。 そして、海辺でゴルフをしている人もいる。
 海の水面を歩く人もいるし、月面を歩く人もいる。仕事が終わらなくて唸っている人もいる。
 しかし、それを技術雑誌の特集記事のように新陳代謝に対応するためだと考えてみれば、少し面白いような気がします。
 そう思わない古い読者は、いずれ読者ではなくなるのです。

2008-04-11[n年前へ]

「ムーディー勝山のプライベートマイク」と「いつでもどこでも」 

 アメトークの「子供売れっ子芸人v.s.人気なし芸人」で、子供売れっ子芸人たちが(いつでもどこでも子供たちにギャグを要求された時のために)ギャグ道具を持ち歩いている、なんていうネタを話していた。藤崎マーケットはランニング・シャツをいつでも着ていて、小島よしおはいつでも海パンを履いていて、ムーディー勝山はマイ・マイクを持ち歩いていて、にしおかすみこはマイ・ムチを持ち歩いている、なんていうネタだった。



 「いつでもどこでもできる」というのは便利でもあるし、不便でもありそうだ。いつでもどこでも、本番状態だと、張り合いもあるだろうけれど、疲れてしまうこともあるだろう。そんなものを、そんなもののスイッチを楽しむことができるのが、コツなのだろうか。

2010-07-18[n年前へ]

未消化で出力されないまま「私の中でプールされ続けている種(たね)たち」 

from Radium Software.

 趣味としても仕事としても未消化のネタが、どこにも出力されることなく、僕の中に密かにプールされ続けている。ただ、だからと言って「趣味・仕事の曖昧さ」について改善を行うべきかというと、そうとも限らないと僕は考える。それよりも、ブログを趣味としてではなく、仕事の一部として捉え、定期的に出力を行う努力をするべきなのかもしれないと考え始めている。

趣味と仕事とブログ



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