hirax.net::Keywords::「孤独」のブログ



2009-03-06[n年前へ]

「半神」のDVD 

 ふと、夢の遊眠社の「半神」が映像化されたものが手にはいるだろうかと探してみると、「劇団夢の遊眠社 COLLECTOR' S BOX [DVD] 」というものが発売されていた。

 以前、VHSビデオテープで発売されていた「小指の思い出」「野獣降臨(のけものきたりて)」「半神」「贋作・桜の森の満開の下」「ゼンダ城の虜-苔むす僕らが嬰児の夜-」「ひとつあってもいい。Making of HANSHIN」「もうひとつあってもいい? 」といった夢の遊眠社の舞台やそのメイキングビデオが入っている。私はこのビデオ版を持っているのだが、このVHSビデオの方は、図書館の視聴覚コーナーなどにも置いてあることも多いかもしれない。

 「半神」は、かつて心臓を含む体のほとんどを共有していた双生児の分離手術、端的に言えば、双生児がヒトと神に分かれていく話だ。原作は萩尾望都の「半神 」だが、野田秀樹はそれにブラッドベリ・萩尾望都の「霧笛」(「ウは宇宙船のウ 」に収録)などの話を混ぜていくことで、さらに奥深い一種の創世記になっている。

シュラ:それはあたしの妹のマリアなの。
シュラ:いつも、あたしの横に坐っていたの。
先生:仲が良かったんだね。
シュラ:ううん、あたし達、くっついていたの。
先生:くっついていた?
シュラ:うん。
先生:そんな、話誰も信じないよ。
シュラ:誰もが、そう言うの。切り離されてからは。

野田秀樹 「半神

 今ではもうどなたが書いたのだか残念なことにわからなくなってしまったのだが、「半神」「霧笛」という2つの物語に対して、「半神は孤独、決定的なひとつの不在を生きること、について描き、霧笛はその孤独な他者へ呼びかける声の乗り越えられなさを描いていると言っていいかもしれない。ともかくどちらも、深い愛についての話だ」と書いていた。言われてみると、本当にその通りだと思う。

孤独は、ヒトになる子にあげよう。
代わりに、おまえには音をつくってあげよう。

野田秀樹 「半神
 この世の誰もきいたことのない音、この海原ごしに呼びかけて船に警告してやる声が要る。その声をつくってやろう。
 これまでにあったどんな時間、どんな霧にも似合った声をつくってやろう。たとえば夜ふけてある、きみのそばのからっぽのベッド、訪うて人の誰もいない家、また葉のちってしまった晩秋の木々に似合った……そんな声をつくってやろう。
 泣きながら南方へ去る鳥の声、11月の風や……さみしい浜辺によする波に似た音、そんな音をつくってやろう。
それはあまりにも孤独な音なので、誰もそれをききもらすはずはなく、それを耳にしては誰もがひそかにしのび泣きをし、遠くの町できけばいっそう我家があたたかくなつかしく思われる……そんな音をつくってやろう。
 おれは我と我身を一つの音、一つの機械としてやろう。そうすれば、それを人は霧笛と呼び、それをきく人はみな永遠というものの悲しみと生きることのはかなさを知るだろう。

野田秀樹 「半神 」中の「霧笛」の一節

2009-03-08[n年前へ]

ベンゼン環と6つの炭素 

 海沿いの防波堤に立つ赤い灯台をが見える公園で、戯曲「戯曲 半神 」を読み直した。この半神には色々なものが詰まっているけれど、その中で、大きなモチーフに使われているのことの一つがベンゼン環だ。ヒトを作り上げている主たる元素、炭素が6つが輪になり形作っているベンゼン環だ。

 その6つの炭素は、謎・欲望・誘惑・秘密・後悔、そして、優柔不断の先にある決断の結果の孤独だ。その6つの角を持つ世界で起きる物語、繋がっていた二人の双生児の分離手術を巡る物語は、魅入られてしまうと同時にとても哀しい。けれど、すべての答えを与えてくれるような、そんな気さえする奇跡の一編だと思う。

 どうしても、わり切らないではいられない話だと知ったとき、そう思ったとき、孤独が生まれた。

2009-03-31[n年前へ]

上賀茂の山中で一人暮らす 

 京都の街中から近い上賀茂の山の中に、レンガで作られた中くらいの建物と、小さな木造の建屋があった。今、それらの建物が以前と同じようにあるとも思えないが、少なくとも以前はあった。近くには、第二次大戦後の砲台跡が残っていて、何だかずっと昔から何の変化もないような場所だった。

 そこは、街並みからそれほど離れていないけれど、ちゃんとした道もなくなっていて、人が足を踏み入れるような場所ではなかったけれど、学生時代、実験をするために、よくその場所へ行った。急な藪道を、恐る恐る何度も上り下りした。不思議なことに、その場所は集中して思索にふけることができた、ような気がする。

 そんな辺鄙な場所にある木造の家だけれど、これまでに何人もの人たちがその建物に住んでいたことがあると聞いた。元京大総長の尾池和夫も、その建物に数年の間、住んでいたと聞いた。水は雨水だけがたよりで、電気だけはある、そんな生活をしていた人たちの話を聞いて、とても驚いた。

 あんな場所で一人暮らしていたら、ずいぶんと色々なことを考えそうな気もする。そして、何だか仙人のように悟りを開くことができそうにも思えてしまう。それくらい、上賀茂の山中で一人暮らしていた人たちの話を聞いて、とても感嘆してしまった。


大きな地図で見る

上賀茂の山中で






2009-09-15[n年前へ]

「みんな悩んで大きくなった」はいいけれど 

 橋本治の「人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書) 」の『「成長」が無意味になってしまった後で登場するもの』から。

 「孤独」を発見した近代は、これを「なんとかなる」の前のプロセスとして位置付けたのです。
 ところが、この単純明快な基本原則は、あるところで壁にぶつかります。
 「みんな悩んで大きくなった」はいいけれども、「お前も挫けずに頑張れよ」路線で大人になった青年達が、ろくなオヤジになれなかった-ならなかったというだけのことです。

2010-02-03[n年前へ]

孤独に効く(安易な解決という見方もある)「○×△□」というもの 

 広告批評 編「私の広告術 」の岡康道の言葉から。

 ”孤独”って、人間の一番嫌なことだと思うんです。それが嫌だから、それに耐えるために、いろんなものが用意されているんじゃないか、とさえ思ってる。
 で、「○×△□」というのは、孤独に一番効くものだと思います。それが安易な解決だとか、そういう批判はあるかもしれないけれど。

 この「○×△□」の部分には、あるメディアが入る。この「○×△□」はきっと、時代・場所によって違うことだろう。ただし、その部分さえ入れ替えれば、この引用文はいつの時代にも通用する言葉であるのかもしれない。



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