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2009-09-12[n年前へ]

「病」という「気難しい客」にも、通じる言葉はきっと見つかる 

 十数年、難病と毎日をともにした、杉浦日向子の言葉(「杉浦日向子の食・道・楽 (新潮文庫) 」から)。

 こう見えても、わたしは十年以上の中堅病人だ。立派な病名を医者から与えられ、ちゃんと通院(時々入院)しながら、処方箋の薬を飲み、頑張らない日常を過ごしている。
 病は誰にとっても歓迎されざる客だ。いつの間にか上がり込んで、身内のような顔で(もっとも身の内だ)居座っている。
 江戸のころ、「闘病」という言葉はなく、「平癒」といった。
 たて籠った珍客は、偶然か必然か、ともあれ、自分の身体を選んで侵入し、居座った。
 気難しい客だけれど、通じる言葉は、きっと見つかる。長年、病人をやっていると、そんな気がするのです。

2010-09-12[n年前へ]

"When you look at some aspect of everyday life and ..." 

 "Why brazils always end up on top "You do not need to always have great particle physics accelerators to answer the questions of physics," says Dr Nagel.

"This is a perfect example of one of those situations when you look at some aspect of everyday life and it raises interesting questions which defy our intuition."

2011-09-12[n年前へ]

「1%の才能」と「99%の努力」 

 9月12日の「n年前へ」から。「1%の才能と99%の努力」という言葉を、さまざまな方向から眺めてみたくなる、こんな言葉。

 …1%の才能と99%の努力から成る、といわれる。その、1%の才能こそが、99%の努力を支えるのであって、ベルモット抜きのドライマティーニがありえないように、ほんの微(かす)かな才能の香りすら見いだせなかったら、努力のきっかけもまた得られないではないか。1%が重要なのだ。