hirax.net::Keywords::「共同浴場」のブログ



2009-09-24[n年前へ]

銭湯大好き 

 陽(ひ)が差す時間に銭湯に入るのが好きだ。まだ夕刻にならない時間に入る銭湯に入ると、まさに「至福」という言葉に浸(ひた)っているような心地になる。そんな言葉が体に浸(し)み入ってくるように思う。

 大学に入った頃、絵に描いたような、自由ならぬ自堕落な生活を送っていた。高校時代も、かなり「自由ならぬ自堕落」な生活を送っていたと思うのだが、その何十倍もの自由と自堕落を満喫していた。

 太陽が昇り、学生たちがキャンパスにやってくる頃、布団に入る。キャンパスの中にある寮だったが、別にキャンパスの中になくても全然不便でないし、仮に(大学から遠く離れた)網走に寮が建っていたとしても、きっと困らなかったと思う。そして、目が覚めると、太陽が傾く15時過ぎになっていて、16時から開く100円銭湯に行き、一番風呂を堪能する。

 主観的な朝風呂を(堪能した後に)あがるころには、客観的には西の空に太陽が沈む夕焼けの時刻になっている。そして、長い夜(主観的には昼)が始まる。そんな昼夜逆転しがちな時空に浮かんでいるのが、京大吉田寮という「島」だった(参考:河合隼雄捕捉計画)。

 あの頃から、明るい時間に風呂に入り、そして昼間の風に火照った体を冷やされるのが好きになった。銭湯のおっさん・おじいさんの世間話をBGMに聞きながら(明るい時間に風呂に入りに来るのは、そういう年代が多いのだ)、むちゃくちゃ熱い風呂に入るのが気持ち良くなった。銭湯の一番風呂は、熱湯風呂にも負けず劣らずな熱い風呂なのが普通だ。

 というわけで、今日は、自転車で明るい太陽の下を走る途中に、伊豆長岡温泉の共同浴場、湯らっくすに漬(つか)かってきた。ここは熱さ直球勝負の風呂が自慢の共同浴場だ。もちろん、周りのおじさん・おじいさんたちの話も面白い。漁仕事を終えたおっさんたちの話は、とても楽しく聞き惚れてしまう。

 ピリピリ熱い風呂に漬(つ)かり、その湯を堪能した後、洗い場の横にある縁側で秋の涼しい風に吹かれる。そして、温泉街の上に広がる青い空を見上げる。この時間を、「至福」を言わずして何と言おうか。

2013-01-04[n年前へ]

温泉も星座も「昔の名前で出ています」 

 山梨県石和温泉の一角にある露天風呂で、夕暮れ時に本を読んでいると中学生くらいの2人連れが入ってきて話してる。
「ミュージカルビデオを観たよ。面白かった。家政婦が家に来て歌を教えるやつ」
…それじゃ「家政婦のミタ」か「家政婦は見た」になっちゃうよ。家に来たのは家政婦でなくて家庭教師だよね?と心の中でツッコむ。

 中学生たちが露天風呂から上がると、次は年配の2人がやってきた。今度の話題は年金と退職金の受け取りについてのようだ。浴場で他の人たちの話を横から聞くのが好きだから、耳をダンボにしつつ本を読む。

 他に人も居なくて、暗くて本も読めない数時間後、露天風呂で空を見上げると、流れ星が見えた。今はしぶんぎ座流星群の時期らしい。 

 しぶんぎ座と言われても、今はそういう名前の星座はない(ことになっている)。まるで町村合併で名前が消えたり・変わったりする地名のように、星座も星座消滅や合併があるようだ。

 しぶんぎ座流星群という名は、かつてこの放射点付近にラランドがしぶんぎ座(四分儀座)という星座を設定していた名残である。しぶんぎ座は1928年に廃止されたが、しぶんぎ座流星群の名前は現在でも使われている。

 そういえば、石和温泉がある町の名も、何年か前までは石和町だったが、2004年に町村合併で石和町はなくなって、今は笛吹市という名前になっている。流星群も温泉街も、今も昔の名前で出ているようだ。

 温泉や銭湯で、周りの人たちが交わす世間話を聴きながら湯に浸かっているのは、とても心地良い。



■Powered by yagm.net