2009-09-26[n年前へ]
■「老眼鏡」と「物は言いよう」 
「老眼鏡」や「臨機応変」、今一つなイメージの言葉とポジティブに響く言葉、そんな言葉を少し言い換えてみると、同じ内容のはずなのに印象が大きく変わる…と笑いながら聞いている内に「話の世界」に引き込まれていく、立川志の輔「猿後家」。
2010-09-26[n年前へ]
■田村淳の「試行錯誤」 
「ロンブー淳さんが休日にゆるーくやってるネット番組について本人インタビュー」から。
「これやっちゃだめなんじゃないか?」「ここまでやったらやり過ぎなんじゃないか?」って自主規制をかける感覚がものすごく嫌で。それとっぱらうにはどうしたらいいんだろうなぁと考えているうちに、“失敗できる場所”があったらいいんじゃないかというところに思い至ったんです。
2016-09-26[n年前へ]
■2001年と2011年、テレビ画面の向こうに観た景色。 
アニメ映画「君の名は。」を観た。本当のところ、実際のところは、何も知らないけれど、2011年の日本で強く感じたことを原動力にして作り上げられた、綺麗なジュブナイルに思えた。その「君の名は。」をひいて2011年米国映画「Source Code」を紹介しているコメントをFacebookで読んだ。
「君の名は。」も「Source Code」も…そのどちらも、名前も知らない少なからずの人たちが”あるできごと”に巻き込まれ、それを第三者として眺めた人が”あの時何ができたか・その時何ができるか”を考えたことから始まる物語だと思う。そして、多くの物語がそうであるように、そのストーリーを精一杯辿っていくことを経て、(名前も知らない)他の人たちの物語”がそれぞれ浮かび上がってきて、そして何より自分自身(の物語)を発見していくという…いわゆるひとつの物語の王道だと思う。
2001年の秋、日本では早朝の時間に北米から放映されるTV画面の中で理解しがたく観ていたことや、2011年の春の午後に、日本の東北地方で撮影されるTV画面の向こうから、信じがたくリアルタイムで観た映像や、それをきっかけに人生を大きく変えていった親しかった人たちのことを思い起こすと、少しだけ・ほんの時々だけど、”あの時何ができたか・その時何ができるか”とか考えてしまう。