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2009-06-26[n年前へ]

「3年B組金八先生」での杉田かおる 

 「しゃべくり007」を観ていると、武田鉄矢が「3年B組金八先生」の話題で、杉田かおるの演技に関して、こんなことを言っていた。

 杉田かおるはねぇ・・・ホントに上手かったよぉ。だって、たじろいだもん。ツーっと入ってきてね。
「赤ちゃんが動いたんです」
 これは、1979年冬から翌年の春にかけて放映された「3年B組金八先生」パート1の「15歳の母」中の1シーンだ。妊娠した(役演じる)杉田かおるの演技に対する言葉だ。

 「3年B組金八先生」での杉田かおるの演技について、武田鉄矢がかつて語った 、こんな言葉がある。この言葉は、杉田かおるの演技をとてもリアルに表現していて私の記憶にずっと記憶に残っている。それは、パート1から時を経て、1995年から放映されたパート4での話だ。

 パート4では雪乃(杉田かおる)は、息子の歩がいじめに遭って「もう学校には行かせない」って金八を責めるよね。あのときの演技には、父親は保(鶴見辰吾)なんだけど、「あなたが産めと言ったんじゃない」という、金八に対する男と女の感情、雪乃の混乱まで盛り込まれていたよね。
 この言葉を読んで、なるほど脚本・演技というものは実にリアルに物事を描き出すものなのだな・・・と驚かされた。

 金八先生のロケ地の多くは、北千住駅から京成関屋近くだ。「3年B組金八先生」の放映開始から、20年以上経った頃、インラインホッケーの試合をしにその辺りに頻繁に行っていた頃、テレビの中で眺めたような風景を見つけることがあった。そのたび、いつもテレビを観ながら感じたことを思い出し、「時の流れ」ということを、心から不思議に感じたものだった。人は、若い頃の記憶を、一体どれだけリアルに引きづるものなのだろうか。

思いのままに生きられず 心に石の礫なげて
自分を苦しめた 愚かさに気付く
私は悲しみ繰り返す そうだ人なんだ

人として人と出会い 人として人に迷い
人として人に傷つき 人として人と別れて
それでも人しか 愛せない

2009-11-16[n年前へ]

ぼくらの時代 

あの人は今こうしている 直江喜一さん」から。

 武田鉄矢主演の人気ドラマ「3年B組金八先生」(TBS系)シリーズがスタートしてちょうど30年。この学級ドラマから数多くの人気タレントが生まれ、また、たくさんのエピソードや名セリフが残された。第2シリーズ(80年)の「腐ったミカン」もそのひとつだろう。このセリフの主、ドラマの陰の主役でもあった直江喜一さん、今どうしているのか。
 髪は薄くなり、恰幅(かっぷく)がよくなったことも手伝い、その温和な笑顔を見ると、とてもあの“不良転校生・加藤優”には見えない。名刺には「1級建築施工管理技士」「2級建築士」とある。
「知名度は一気に上がったものの、現実は厳しかった。なかなか役者一本では食っていけず、コンビニや下水工事、塗装会社のアルバイトをしながらの二足のワラジでした。でも、21歳で結婚し、愛娘が2人いましたから、将来のことを考えると不安が先に立って……」 かくして29歳のとき、社員約50人の建築会社に入社。
 週に2日、会社が終わると専門学校に通い、前述の資格を獲得した

2009-12-10[n年前へ]

「いろんな仕事」と「厳しい掟」 

 3年B組金八先生 第2シリーズ 第17話から。

 周りの風潮に惑わされることなく、みんなは自分のやりたいことを見つけなさい。世の中にはいろんな仕事があるんです。いろんな人がそれらの仕事に従事して、世の中は成り立っているんです。
 ただし言っておくけどもね、そこにはしっかりとした技術を身につけていなければ、生き残れないという掟、厳しい掟があることもどうぞ忘れないでください。
 自分の技術は自分で一生懸命磨いていく。それを支えているのは何か、(それは)この人たちの意欲です。…そしてもうひとつ。狭い視野で物事を捉えないということ。

2011-01-28[n年前へ]

「磨く技術」と「広い視野」 

 「32年、240人の卒業生を見送った金八先生が定年を迎える」といいます。それぞれの世代ごとに違う「金八先生」像もありそうですが、今でも台詞を思い返すことがあるのは、第2シリーズ、つまり、「腐ったミカンの方程式」のシリーズです。それは、たとえば、当時の高収入ランキングを黒板に張り「上位は鳶職・建築関係など(学歴でなく)技術が必要な職業ばかりです」と語るこんな台詞です。

 周りの風潮に惑わされることなく、みんなは自分のやりたいことをしっかり見つけなさい。(中略)ただし言っておくけどもね、そこにはしっかりとした技術を身につけていなければ生き残れないという掟、厳しい掟があることもどうぞ忘れないでください。(中略)自分の技術は自分で一生懸命磨いていく。(中略)そしてもうひとつ。狭い視野で物事をとらえないということ。

 その時、授業を受けていた”腐ったミカン”と呼ばれていた加藤優(直江喜一)が、その後、建築技術者という天職を見つけたことも、少しできすぎていますが、とても自然な流れにも思えます。

 各”金八”世代なら、記憶の中に色んな「金八語録 」を抱えていそうです。金八先生の言葉をふと思い返した、技術を磨き・広い視野を手に入れたいと考えます。

2011-03-26[n年前へ]

『あなたは頑張る人です。私は知ってますよ』ってね。 

 3年B組金八先生の卒業式後の謝恩会についての、武田鉄矢が語る話。謝恩会で金八先生が話す言葉は武田さんが考えていること、その言葉はそれぞれの役柄を演じた生徒役の俳優をも労うような言葉になっていることについての話。

 台本に「金八先生、あなたにお任せします」って書いてあった。
 やっぱりいじめ役をやったりすると、本当の学校に行って…嫌な目に遭う子もいるんだよね。
 (台本無し・リハーサル無しの)本番一回のみね。立ち位置だけが決まっているフリータイム。だけど、演出家が言うんだよ。『ときどきスタッフのほうも見てくれると、僕らも泣いちゃいます』って。だからときどき金八先生は、不自然にキャメラサイドの方を向いて、『寒い日もあったね、風の日もあったね』とか言って、その視線の先ではメークさんが泣いてたりするのね。(中略)だけどそうやって全員にお別れを言うのが、僕の感謝の気持ちなんですね。『あなたは頑張る人です。私は知ってますよ』ってね。

 「私たちはブラウン管テレビを二十世紀に置いて行く…」と言ったのは、吉永さゆりだったでしょうか。

金八先生が桜中学から卒業していく場面を観ながら、「二十一世紀にはもう金八先生が立つ場所はないのだろう」と思います。そして、それと同時に、「もしかしたら、こういう場面から次の世代が進むベクトルが定まり、こんな二十世紀のゴールから次の世代がスタートしていくのだろうか」とエタノール15パーセントの液体を飲みながら考えてみたりしました。



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