hirax.net::Logos::*-05-29

2008-05-29[n年前へ]

「余の辞書に不可能という語はない」 

 「余の辞書に不可能という語はない」っていうのは「余に不可能事はない」というのとは違うので、不可能なときは、ほかの人の辞書を借りてくればいいリクツだ。この辞書を経由したあたりに、けっこうアジがあるかもしれない。
 南伸坊「ごはんつぶがついてます」 P.107

2009-05-29[n年前へ]

「僕」と「俺」と「私」 

仲井戸麗市の「だんだんわかった 」から。

 何かを語るには、”体験”こそが説得力をもつ。・・・本文の一人称は迷ったが結局”僕”にした。あとがきは”俺”にした。いつか”私”とも出会ってみたい。

2011-05-29[n年前へ]

「旅」という言葉を「人生」と置き換えて読んでみる 

 「”一周とか縦断とか”の旅はなんだかちょっと、人をわくわくさせます」というワクワクさせるアジテーションから始まる「野宿野郎」(急いでつくった)3号を読んでいると、村上春樹の言葉が差し込まれていました。

無目的にただぶらぶら旅してまわるのも、 もちろん楽しいけれど、経験的に言って、 ある程度そういう目的みたいなものがあったほうが、 旅行はうまく運ぶことが多い。

村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』

 よく、人生を「旅」に例えることがあるように思います。「人生という旅」といったフレーズを使うことも多いように思います。

 人生が「一種の旅」であるならば「旅全般について成り立つことは、人生についても成り立つ」のかもしれません。

 たとえば、村上春樹の言葉を、「旅」を「人生」と置き換えて読むのなら、それはこんな具合になります。

無目的な人生も楽しいけれど、経験的に言って、
ある程度目的みたいなものがあったほうが、
人生はうまく運ぶことが多い。

 「いい旅のためのガイドブック」はたくさんあります。もしかしたら、そんな旅のガイドブックを、その中にある「旅」という言葉を「人生」と置き換えつつ読んでみれば、その奥深さが見えてくるかもしれません。何しろ、そのタイトルは「いい人生のためのガイドブック」というように置き換えることができるからです。

 最後に、「アジアからイギリスのロンドンまで、乗合いバスに乗っていくこと」を目的として始めた旅について書いた沢木耕太郎『深夜特急』、その最初に書かれている言葉を書き留めてみます。酔狂なにも思える目的に向かい、時間と力をかけ続ける旅を読むと、無性にワクワクさせられます。

 人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険大活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。

沢木耕太郎『深夜特急』
 しとしと雨が続く梅雨の季節には、紀行本や旅行ガイドブックを読みつつ、無目的にぶらぶらとする魅力、目的を持って歩く意味に思いを馳せてみるのも、一興かもしれません。

2013-05-29[n年前へ]

「駄作を作る勇気だ!」「駄作覚悟で世に出した勇気の産物だ!」 

 島本 和彦 「新吼えろペン 第5巻 」から。そうだよなぁ…数打ちゃ当たるじゃないけれど、駄作を出すことを恐れて何も出さないと…「プロ」にはなれないんだろうなぁ、と思う。

勇気を出せっ!! キミに足りないのは、勇気だ! 駄作を作る、勇気だ!! 駄作で金をもらってこそ、本当のプロ!!

納得いく仕事だと!? 笑わせるな!!
自分では駄作か!?と思っても、出してみたら、そうでない時もある! そこはカケだ!!

(駄作を世に出したら…自分が苦しむのでは?)
当たり前だ!! だから、次は外さんようにとあがく!!
しかし、次もダメかもしれん! そしたらまた次だ!!
…作らなければ、次につながっていかないだろう!

おれの作品で言えば、キミが好きだと言ってくれた
アレとかだ!! 駄作覚悟で世に出した、
おれの勇気の産物だよ!

1本や2本駄作を出しちまっても……
自分を許してやれる大きさを持て!
3回のうち―――1回イイものができればOK!!
3回ともイイものを出そうなんて欲張りは―――
おれが許しても天が許さん!!! そう肝に銘じろ!!

おれなら、少なくとも、3回に1回イイものができたら…
…天に感謝だ!!

新吼えろペン 第5巻