hirax.net::inside out::09月02日

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2000-09-02[n年前へ]

パワースライド 

スケートって何?という人のためのこの画像。(リンク

今日の景色 

リンク)(リンク)(リンク

2001-09-02[n年前へ]

秋の気配 

 朝起きると、風はもう涼しくて、秋の気配でいっぱい。というわけで、戸田の辺りから修善寺へドライブ。(リンク

2002-09-02[n年前へ]

今日の名言 

 「そうじゃなくて、番組が後戻りしちゃうんだよ。ビデオテープが無駄になるんだよ」。  from 野坂昭如 to ハマコー in テレビタックル。 もちろん、どっちもどっちだが。

中国でgoogleが使用禁止になった?  

 知らない国へ行きたい、というあなたへ。(リンク

2003-09-02[n年前へ]

8センチアナログ盤とミニチュアプレーヤーでレトロ気分 

 バンダイが“懐メロ”を収録した直径8センチのミニチュアアナログレコード「8(エイト)盤レコード」と専用プレーヤーを2004年1月中旬に発売。って、まだまだ先だー。早く来い来いお正月。

行き止まりの林道で 

 何日も前の昼休み、箱根の中腹の林道へ行った。まだ工事中で山の中で突然行き止まりになる林道だ。道の途中で車の幌を開けて曇った空を眺めていると、時間をおいて二台の車が横を通りすぎていく。この林道の先は行き止まりだから、きっと何処かで車を停めて休んでいるんだろう。二台とも社用車風で、運転手は背広姿。

2004-09-02[n年前へ]

こどもママゴン 

 今日の検索依頼。

○×くんという中学生、どうやら平林さんの最近の著書を購入したようです(○月×日の中学生ブ○グ)。○ あ〜,こういう少年が今もいるんだ〜,嬉しいな。○「ブックマーク」でキミの興味が良くわかるよー。ということで,この△くんが平林さんのご著書をどう思ったかの感想が非常に興味あるところです。でわー。
 それでは、「ぐるぐる」の検索結果です。こどもママゴンより切実なるお願いがあったため、具体的な検索結果は割愛して、概略のみで失礼致します。
「単にママゴンが○くんに『自分の買い物』をついでにさせただけではないでしょうか」というのが正解です。ですから、きっと「感想も何も、そもそも読んでない」です。
 ほら、ウチのサイト「有害サイト」ですし…。うぅ。

送電線 

送電線






2005-09-02[n年前へ]

ꇖ컯꓊럊뾧ꇗ 

 平林 純@「hirax.net」の科学と技術と男と女 に、ꇖ컯꓊럊뾧ꇗを書きました。夜の三島で、(「心の中が見える装置」に出ている)ニューオーリンズ出身の彼女の話を聴く。

2006-09-02[n年前へ]

音楽伝承・最良のキャリア教育 

 「かえるの合唱の謎・・・チャイコフスキー・小ロシアを巡って」「(USB接続の四つ折キーボード)Stowaway XT Portable Keyboard for USB」「3つのヒント」「川瀬巴水
DRACの末裔による徒然の日々 : 「かえるの合唱」の謎・・・チャイコフスキー「小ロシア」を巡ってThink Outside - Stowaway USB Keyboard「3つ」のヒント (玄田ラヂオ)hanga gallery: Kawase Hasui

キャリアとは、轍(わだち)のことだ。轍が繋がり、そこに道が出来る。ただ、どんな道にせよ、共通するのは、途中で必ず迷うということだ。どちらに進んで行けば良いのか、わからない時がきっとあるだろう。
わかりやすい情報を提供しようと努力するのが悪いとは思わない。けれど、大学教育で本当に大切なのは、わからないということへのタフネスを身につけることに精力を注ぐことだと私は思う。それが、最良のキャリア教育であると、私は信じている。

田子の浦 

田子の浦田子の浦田子の浦田子の浦田子の浦






2007-09-02[n年前へ]

タフネスとWEBアプリ 

 夏の夜の田舎町を、自分の足で走る。歩くようにゆっくり走る。

キャリアとは、轍(わだち)のことだ。轍が繋がり、そこに道が出来る。
 朝、WEBアプリケーションの管理をcookieに移行して、サーバ側を並列稼働させ始めた。そして、状態管理をRailsのコントローラからJavascript側に移行して、Railsのコントローラ機能を、Javascriptからのアクションに応える形になるように手を入れる。
 少し前に、「(相手に)心の中が見える装置」を作ってみました。あるいは、「(相手に)心の中を伝える装置」といえるようなものを作ってみました。
 ビュー側ならぬクライアント側がコントロールする「単なるイベント駆動」に変えたい部分と、その背後でデータが全て繋がっている部分とを、うまく頭の中で整理できない。
 ただ、どんな道にせよ、共通するのは、途中で必ず迷うということだ。どちらに進んで行けば良いのか、わからない時がきっとあるだろう。
 それでも、高速化のための処理を書く。

 そして、ケータイと連携させる部分を書き始めると、Imagenerator用に書いたGmailアクセスWWW::Mechanizeが動かなくなっていることに気づく。最後の最後のsubmitが上手く動かない。しかも、その理由が何だか全然わからない。
けれど、本当に大切なのは、わからないということへのタフネスを身につけることに精力を注ぐことだと私は思う。
 
それが、最良のキャリア教育であると、私は信じている。

リンク切れ対応 

 mod_rewriteの設定が拙いために、リンク切れのように見える部分が多いと思います。リンク切れの箇所などは、ご連絡頂ければ、定期的に設定を見直します。

2008-09-02[n年前へ]

「舞台ドラえもん」と「タケコプターの予算」 

 鴻上尚史の「ドン・キホーテのピアス No.681」で9月4日から始まる「舞台版 ドラえもん のび太とアニマル惑星」の紹介がされていた。その紹介文中の次の一節に興味を惹かれた。

 (タケコプターで)のび太は飛びます。でも、5人全員、ドラえもんものび太もジャイアンもスネ夫もしずかちゃんも同時に飛ばそうとすると、チケット代は1万円以上になります
 …予算的に限界がある中で、なにができるか?と考えるのも、演出家に出された課題なのです、その課題を解くのが難しかったかと言うと、これが、楽しくて楽しくてしょうがなかったのですよ。

 『世の中にある問題は、普通必ず「制約付きの問題」ですよね?それに、「制約付きの問題」じゃないと「答え」なんか出てこないじゃないですか。「制約」がないんだったら、問題を解く必要なんかなくなっちゃいますよね』という話を経済学の中島教授から聞いたとき、そのフレーズがとても面白くて、思わず笑ってしまった。結構、心が疲れていた頃だったと思うのだけれど、本当に楽しくて笑ってしまったことをよく覚えている。

 パズルを解くのが楽しくて、謎を解くのが好きで、何かを実際に作り上げるのが好きな人たちは、みんなこんなフレーズを面白く感じ、興味を惹かれるのではないだろうか。

 幅広い心を、下らないアイデアを、軽く笑えるユーモアを、上手くやり抜く賢さを、大げさに言うのならば、きっとそういうことなんだろう。誇らし気に言うのならば、きっとそう言う感じだろう。

2009-09-02[n年前へ]

MacOSX版「ミニチュア写真作成ソフト(本城直季風ミニチュア写真作成ソフト」について 

処理前写真処理後画像  OpenCVと言えば、以前作った「ミニチュア写真作成ソフト(本城直季風ミニチュア写真作成ソフト)」のMacOSX版アプリケーション・インストール・スクリプト(当然アプリケーションも)が動かない、というメールを頂きました。

 調べてみると、インストール・スクリプト中の、

/usr/bin/sudo cp -n src dst
の -n オプションが原因でエラーが出ているようでした。この -n オプションは、ファイルコピー時の(もし同名ファイルが存在した場合のための)上書き禁止オプションです。通常のコマンドとして実行はできるので、このオプションを付けることで、なぜスクリプト実行時にエラーが出るのかは未だわかりません。ただ、エラー発生の直接の原因は、この-nオプションのようです。
 とはいえ、この-nオプションを消すと、スクリプトは途中まで、システムにすでに入っている(私が添付したライブラリよりも新しい)ライブラリを消してしまうことになるので、システム・ライブラリを壊してしまうことになります。 そのため、このスクリプトから-nオプションを消すことは、絶対にできません・・・。

 いつの間にか、Mac OSを使わなくっていました。しかも、恐ろしいことに、ソースやプロジェクトファイルやMac用の開発用資料をどこに置いたのかもすべて忘れてしまいました。OpenCVで遊ぶことを再開したこともありますし、もう一度、Mac OSX版を適当に書きなおして作ってみることにでもしましょう。(また、ソース・ファイルなどは後で置いておきます)

 それまでは、WEBアプリ版の画像処理ソフトや、そういったツールで作った(下に張り付けたような)画像ジェネレータで、お茶を濁していて頂けますでしょうか・・・。

2010-09-02[n年前へ]

「鰻(うなぎ)のタレ」の錯覚 

 「江戸から続く老舗の鰻(うなぎ)屋で、毎日使った分だけを継ぎ足して使い続ける”鰻のタレが詰まった壷”」の中に、どれだけの創業当時のタレが残っているかという話をしている時に、ある共通の「錯覚」「勘違い」を持つ人が多いということに気が付きました。

 それは、壺の中にあるタレが一体どのような「古さ年数」であるかを頭の中に浮かべてみると、つまり「古さ年数 v.s. タレの量」というグラフを頭の中に作ってみたときに、頭の中では、「昔のタレは古さ年数が(感覚的には)広がってしまう」という「錯覚」「間違い」です。たとえば、全然客の入らない店があったとしたら、その店の壺の中のタレはすべて創業当時のタレである。と、ここまでは誰もがうなづくのですが、それが少しでも客が入る店のことを考えてみると、実際の「古さ年数 v.s. タレの量」分布と、頭の中のそれと食い違いが生じてしまう人が多いようなのです。

 そこで、ためしに、下に一日100人の客が来るお店の場合と、一日に1000人が来店する超弩級の人気店の場合の、「古さ年数 v.s. タレの量」分布の時系列的な変化を動画として張り付けてみました。横軸が、「古さ年数」で、縦軸がその古さ年数の「タレの量」です。原点が、その日継ぎ足したばかりのタレの量を示していて、右端が「創業時のタレ」の量を示している、という具合です。客数次第で、「新しいタレばかり」か「古いタレばかり」かの違いがわかります。

 さて、あなたは、この動画グラフを眺めてどう思われるでしょうか?もしかしたら、右端にピンと鋭く立っている「創業時のタレ」の量を見て、アレッと違和感を持ったりはしないでしょうか?たとえば、ピンと鋭く立っている「創業時のタレ」の量が次第に横に広がっていくハズじゃないか・・・とか、そんな風に感じたりはしないでしょうか?

 もしも、そういう感覚を持つとしたら、そういう人は実際多いのですが、その感覚の原因や効果を追いかけてみると、何だか少し面白いような気もします。

 もう初秋になったというのに、厳しい残暑が続いています。夏バテ防止に、ウナギのかば焼きを食べるのも、良いかもしれません。

2011-09-02[n年前へ]

明日は明日の風が吹く - Tomorrow is another day. 

 今日、30分ほどの話をする機会がありました。話す内容を何も考えていなかったので、早朝起きて話のアウトラインを描き・PowerPointスライドをテキトーに作り、実に情けない突貫工事状態で話をしてしまいました。

 話した内容のうち「終盤(クロージング)」部分を、話した流れを自分で忘れてしまわないよう(話しつつ見せたデモなどは割愛しましたが)ここにメモしておこうと思います。


 …こういったこと、「キャラクター」「シナリオ」「数打つ」と3つのことが、(先ほどまでの例とはまったく違うジャンルではありますが)新しい技術を見つけ・選び出し・生み出すということを考える上でも、やはり大切なのだろう、と私は考えます。 自分たちの”違い”・個性・特徴・ポジションを生かさなければ、「他の人たちでなく自分たちこそができる」という状況にはなりえないでしょう。 また、「道筋・ストーリー・ゴールへの台本」なくしては、長いこと・大きなものを作り出すことは不可能だと思います。 そんな台本なんてない、という人もいるかもしれませんが、そんな人の頭の中には、それがたとえ無意識下にせよ「台本・予想図」があるはずだ、と私は確信します。 そして、数打つこと、つまり、「たくさん手にする」ことが不可欠です。 数打たなければ、アタらないのです。

 未来は、未来になってみないと「どうなるか」なんてわかりません。 不確実なものが未来です。 予想的中の明日で (^_^)v ということもあれば、予想した通りの残念な明日でやっぱり (>_<) ということもあると思います。 あるいは、考えもしなかった落とし穴が待ち受けていて (T_T) となるかもしれないし、はたまた、思いもしなかったプレゼントがあり (^o^) となっているのかもしれません。

 未来は、予想の「アタリ」と「ハズレ」をかき混ぜたカクテルです。 しかも、その「アタリ」がほんの少しの時間を経ただけで、いつの間にやら「ハズレ」に姿を変えてしまったりもします。 その逆に、「ハズレ」馬券だったはずの紙切れが、気づくと「万馬券」に変身していたりもするのです。 つまり、「アタリ」と「ハズレ」は時に互いを入れ替え合う存在で、それらが入り交じっているのが未来だと思います。

 だから、そんな未来への「宝くじ」はたくさんたくさん集めるべきだ、数打つべきだ、と強く言いたいのです。 たくさん集めさえすれば、その中には「アタリになるもの」が必ず混じっているものです。 そのアタリがいつまでアタリであり続けるかはわからないけれど、少なくともある一瞬にはアタリになるはずのものが、掌(てのひら)の中に確かに入っているはずです。 だから、「キャラクター」や「シナリオ」を見つけ出しながら「数打つ」ことをしていさえすれば「いつかはアタる」と安心して良いに違いない、と信じています。

 さて、冒頭で引いた(5,6年前にオープンソースマガジンのために書いた)記事の続きには、こんな文章が書かれていました。

 「自分のための勉強ノート」ですから、いつでも私は「自分がやりたい」勉強をしていました、と言いたいところですが、そういうわけではありませんでした。 なぜかと言うと、それは「自分のやりたいこと(勉強したいこと)」はこれだ、と自分でハッキリわかっていなかったからです。 だから、その瞬間その瞬間の、好奇心の赴くままに、目の前の謎・パズルを(その秘密を解き明かすことができそうな科学技術を勉強しつつ)、楽しみながら考える、ということをやっていただけです。 そんなことを長く続けているうちに、自分のやりたいこと、「何だかおもしろく楽しくなる科学技術」という方向性がようやく見えてきたというのが本当のところです。

 私のように、「自分のしたいこと」を自分自身でもよくわからないという方も多いと思います。 そんな人(時)は、とりあえず何でもいいから続けてみるのもコツだったりするのかもしれません。 そうすれば、「将来長い時間をかけて自分がやりたいこと」も浮かび上がってくるだろうし、そういった「将来・現在やりたいこと」が「これまでにやったこと」と繋がってくることも多いと思うのです。
 数字がバラバラに並んでいて、1から2へ線を結び、2から3へ線を引き、さらに次の数字へと鉛筆の芯を走らせていると次第に「一枚の絵」が浮かび上がってくる、というパズルがあります。 "Connecting the Dot"と呼ばれるこのパズルと同じようなことが、新しい技術を追いかける人たちにとってもある、つまり、新しい技術を追いかけ続ける日々も、そんな"Connecting the Dot"な毎日なのかもしれません。

 何をしたら良いかを見つけ出すのが難しい、選んだものが何か形になりうるのかどうか悩む、…きっとそんなことを考えたことがあるのではないでしょうか。

 てんでバラバラに見えても、さまい続けているように思えても、色々と続けていたら最後に何か浮かび上がってきたりするかもしれない、そういうことがあるものだということを、自分自身の経験から私は信じています。 たくさんの「点・ドット」を通過し線を引いていくうちに、いつの間にやら、”偶然"か"必然"かよくわからないままに、それらが繋がり・何かが浮かび上がってきたりするのです。


 今日、お話したかったことは2つありました。 (冒頭で冗談交じりに話した)1番目は本の宣伝でしたが、2番目はこんな感じのおぼろげなことです。 閉塞感がある、先が見えない、風通しが悪い…そんなことに悩む研究開発を続ける人たちに向け30分程度の話をして欲しいと言われた時、「引き受けたは良いけれど、何を話せば良いかわからなかった」というのが正直なところです。 そこで、どんなことをとりとめのない話をしても矛盾しなさそうな「題目」を、とりあえず、メールで送信してしまいました。 それが、今日の題目、
「明日は明日の風が吹く」 "Tomorrow is another day."
です。予想もしなかったことですが、意外にこの言葉が何かの答えだったのかもしれない、と今は思います。

 ガラクタのような話の中から何かの役に立つところを見つけ出して下されば、心から幸いです。 ありがとうございました。

2012-09-02[n年前へ]

「入道雲が空高く届くためのエネルギー」はどこから来るか!? 

 夏の終わり、青い空に白い入道雲が立ち上り、色のコントラストがとても綺麗です。地表近くで暖められた空気が上昇気流を作り、ある程度の高度で雲を作り出して…といっても、どうして、あんなに空高くまで上昇していくことができるなんて不思議だ、とも思えます。

 上空で入道雲が生まれると、その入道雲が生まれたことでさらに上昇気流を生み、その上昇気流がさらに雲を作り、その雲がさらに上昇気流を…という具合に、入道雲は「大きく育ち・成長する」運命を持っています。

 上昇気流ができ・空気が上に上がっていくと、高度が上がるに連れ気圧が低くなるため、その空気は膨張するとともに温度が下がっていきます(100m上昇するごとに約1℃)。そして、空気の温度が下がり・空気の中に含まれていた水蒸気が水滴に変わる高度まで(もしも)辿り着くことができたなら、空気中の水蒸気が水滴に変わるにともなって熱が放出され、その水滴=雲を生み出した(水蒸気を含んでいた)空気を暖めます。

 そんな、空気が雲が生み出しつつ上昇しているような状態では、高度が100m上がるごとの温度低下は0.5℃程度になりますが、その一方で周りの空気は高度100mごとに約0.65℃温度が低下していくので、相対的に、周囲の空気の高度に対して温度がどんどん高くなり、さらに上昇気流を生む、というわけです。

 蒸し暑い中、空高く伸びる入道雲を眺めつつ、「地表近く、自分の周りを取りまく暑い湿気た空気が上昇していったとき、どの程度の高度まで届くことができるだろう?」と感じたので、それを非常に大雑把な計算で見積もってみることにしました。

 まず、地表の温度が30℃で湿度50%だとして、周りより2℃ほど暖かい空気の塊が生まれ上昇していくことを考えます。計算を簡単にするために、空気塊に含まれている水蒸気が雲に変わるときに発生させる熱エネルギーを(いきなり地表で)空気に対して与えてしまうことにします。…すると、空気塊は30+2+30=62℃相当になります。そして、高度100m上昇するごとに1℃づつ断熱膨張で温度を低下させ、周囲の空気(100mごとに約0.5℃づつ温度が低下する)と温度が一致する高度を求めてみましょう(右図)。

 すると、地表から高度にして9kmほどの上空で「入道雲」の温度と周りの空気の温度が一致することになります。つまり、気温30℃・湿度50%程度で、周りより2℃暖かいくらいの上昇気流は、(とても大雑把な見積もり方をすると)入道雲になって10km程度の高さまでモクモクと立ち上っていくことができそうだ、というわけです。

 上昇気流が入道雲を生み、その入道雲が生まれることで上昇気流をさらに作り出す、雲を生み出す水分がある限りモクモクと上昇し続ける…入道雲のポジティブ・フィードバック・ループ・システムは安定からはかけ離れた限りなく不安定なシステムです。けれど、それも何だか「夏」らしくて気持ち良く思えます

入道雲が空高く届くための「エネルギー」の秘密!?入道雲が空高く届くための「エネルギー」の秘密!?入道雲が空高く届くための「エネルギー」の秘密!?






2013-09-02[n年前へ]

「遠赤外線」と「可視光」を同時撮影するカメラ 

 楢ノ木技研製サーモグラフィー・カメラ(1万円少しナリ)に、古いWEBカムを一体化させてみました。 遠赤外線で眺める温度の景色と(私たちが普通に眺めることができる)可視光で眺める景色を一体化したサーモカメラができあがると、たとえば、ノートPCの温度分布を眺めるのも超簡単です。

 十五年くらい前、感温液晶を使ってノートPCの温度分布を眺めてみた覚えがあります。…今や、サーモグラフィー・カメラをプロレタリアートなぼくらですら、手に入れ・使うことができたりするのことが、何だか面白いです。

「遠赤外線」と「可視光」を同時撮影するカメラ「遠赤外線」と「可視光」を同時撮影するカメラ