2000-12-18[n年前へ]
■クリスマスといえば赤と緑
「ピーターパンは緑の服」かぁ、確かにそうだ。ピーターパン・シンドロームとエロは両立しないものなぁ。それとも両立するのかな?う〜ん、よくわからないや。とりあえず、緑と赤はやっぱり対極の色だよな、と思ったりする。(リンク)
2001-12-18[n年前へ]
■いい子、いい子
おこちゃまがWindows2000とかを使っているのだったら、手助けしてあげたいのですけど。きっとWindows98とかなんですよねぇ?こんなのを作りたい、とあいまいな形でも言ってもらえたら、多分ワタシは少しはチカラになれると思います。そう、できの悪いドラえもんくらいには。
■特殊フォーマット出力用プラグイン作成
AsciiArt出力プログラムを改造して、仕事で使える特殊フォーマット出力用Photoshopプラグイン作成。
2002-12-18[n年前へ]
■MEGUMI Tシャツ届いた
MEGUMI Tシャツを買ったわけですけれど、それが今晩届きました。ちょっと安っぽいです。詳しくはまた後で。
2003-12-18[n年前へ]
■calendar2jphotoモジュール
テキストと画像がズーミングするzphotoモドキのjphoto3pを使ったはてなダイアリ用のモジュールcalendar2jphotoモジュールが公開されたようです。はてなのフットワークの良さには驚くばかり、です。
いくつかの不具合を直さなければいけないのと、ユーザーによる色のカスタマイズ(背景色とか)は有効にしたいですよねぇ?そっちの方が気持ち良いですよねぇ?、とメモ代わり?の希望をちょっとここに書いておきます。
そういえば、zphotoメーリングリストで高林さんのコメントにちょっとビックリしつつも、役に立ちそうな情報を投稿するあてのない自分が…ちょっと悲しい、ですねぇ。
2004-12-18[n年前へ]
■「光記録の今と未来」
日本光学会主催の冬季講習会、「光記録の今と未来」が来年の1/20,21に開催されます。この講習会のまとめ役をされているのがコニカで「あの」ヘキサーRF用Mヘキサノン35mmF2を設計した方だということなので、その理由に涙しつつ「今日の宣伝」をさせて頂きます。参加人数にまだまだ余裕があるということなので、興味のある方は是非参加されてみては如何でしょうか?
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ちなみに、本題からは完璧に外れてしまいますが、実は発表せずに聴講だけする学会参加者と話すのは、私は(少数の例外を除いて)苦手に感じたりすることがあります。「枯れ木も山のにぎわい」だとは思うのですが、所詮「枯れ木」かも、と思ったりすることもあります。
これが、講習会(今日の宣伝も講習会ですね)ともなれば「受講者の参加費用が講師の手元に(微々たるものですけど)入る」わけですし、全然話は変わってきて当然何の違和感もないわけです。ところが、学会、つまり"Society of hogehoge"というような場、であったとすると、聴講だけ続けるような人をその"Society"という言葉の中のどの場所に置いたらよいのかを悩んでしまいます。
それに、自分の発表をせずに質問する人相手だと、(その人の)背景がわからないこともあって、(実際に話をする談になっても)あまり話を進めることもしづらいし、などとも思っていたりします。えてして、「枯れ木」相手に独り言を喋ってるだけになったりしそうだし…、と思うのはちょっと考えが狭いような気もしますが…そんな風に思うこともあるわけです。
■講習会アンケートによる評価制度
これまでに学会や外部業者の講習会・シンポジウムで何種かの講師をしましたが、最近の講習会・シンポジウムではもれなく参加者によるアンケートが行われます(そういえば、高専で授業をした時にも、アンケートがありましたっけ)。でもって、採点がされたり・順位付け・評価がされたりします。結果をまとめたものが講師側に送付されることもあれば、回収したアンケート用紙をコピーしたものが送付されることもあります。もちろん(おそるおそる)読んで、ありがたく参考にさせて頂いています。
■オブジェクト指向ペイシステム
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本屋で"Performance-based Pay System"なんていう表紙の本を見かけた。よくよく見ると、「隣りの成果主義 」なんていうタイトルだったので、「なるほど、Performance-based Pay System = 成果主義」なのかと納得したのだった。で、その本を手に取ろうとした瞬間に、さらに"Performance-based Pay System"が"Object-based Pay System"に見えたのである。「まるでオブジェクト指向プログラミングみたいで、ちょっとカッコイイかも」「オブジェクト指向ペイシステムでも良いかも」なんて、マヌケにも考えたのだが、「ちょっと待てよ。それだと、単なる(お金でなく)現物支給の給料制度じゃないか」とも、(しばらくしてから)気づいたのである。…なんてこったい。
■本当の○×色は街にはない?
きれいな虹が見えた。だからビールを飲んだ。虹もビールも「生」に限る。目に見える生の虹の色は写真のフィルムには写らない。どんなフィルムやモニターやプリンタでも、虹の中に見える色は出せないからだ。ビールも虹も「生」に限る。 「わきめも」(元サイトはすでにないため意訳版)
2005-12-18[n年前へ]
■退社直前の「解脱」と「悟り」
Tech総研ブログに退社直前の「解脱」と「悟り」を書きました。
そういえば、そのスゴイ人たちが退社する直前、退社することを発表する直前、は何だかみんな仙人みたいな雰囲気になっていたような気がします。何かから解脱したというか、何かを悟ったというか、そんな雰囲気を持っていることが多かったように思います。 それは「どんな解脱でどんな悟り」だったのかを知りたいところですが、それは自分で考えるしかないのかもしれません。
2007-12-18[n年前へ]
■プルフリッヒ効果による立体アニメーション「家なき子」
明るい画像と暗い画像を同時に眺めても、暗い画像は明るい画像よりも「遅く」知覚される。もしも、片目だけサングラス(暗いフィルター)をかけて何かを眺めれば、暗いフィルターを通して眺めている目が捉える画像の方が、遅く知覚される。つまり、左右の目で眺める画像間に「時間差」が生まれる。
もしも、左右方向に動いているものを、片目サングラス状態で眺めれば、左右の目から眺める画像の間の「時間差」が左右の位置差、すなわち、「視差」になる。ということは、「片目サングラス+左右の動き=立体視」ということになる。
こんな原理の立体錯視がプルフリッヒ効果(錯視)"The Pulfrich Illusion"である。このプルフリッヒ効果を使ったアニメーションが「家なき子」だった。左目だけサングラスをかけて、下に貼り付けた動画を見れば、奥行き方向に広がりのある世界を眺めることができる。遠くのものは左から右に動き、手前のものは右から左に動くように描かれているために、片目サングラスでプルフリッヒ効果が生じると二次元の画像が立体的に知覚されるのである。
平面的な画面を眺める作業に疲れたら、こんな平面画像を立体画像に変えるアニメーションを眺め、リフレッシュしてみるのも良いかもしれない。
2008-12-18[n年前へ]
■「トンンデモ計算」を生む原因
何かの現象の計算をし、最適解を得ようとしたときに、とんでもない結果が出てしまうことがある。とんでもない結果といっても、決して計算機がおかしいわけでなく、計算機を使う人間が「必要な条件・制限」を考えに入れていないために、とんでもない答えが出てくることがある。あるいは、計算結果の点においては「最高」の結果を与えるが、その点から少しでもズレてしまうと、とたんに不安定になる答えが出てきてしまったりする。
ワッツ&ベイヒル「ベース「ボール」の科学―ボールから目を離すな (数理科学ライブラリ)」を読んでいると、そんな失敗をしないためのアドバイスが書かれていた。
科学的知識はわれわれの周りの世界に起こる出来事を説明し、多くの場合、物事のより良いやり方を予知するために用いられるが、それには問題意識と目標が十分に明確でなくてはならないのである。科学にとって興味のあるほとんどすべての問題は、互いに相反する要素を含むといってよい。互いに相反する要素の関係・効果を考えないと、トンデモな結果が出てしまう。それでは、相反する要素を見落とさないようにするにはどのようにしたら良いのだろう。
ワッツ&ベイヒル 「ベースボールの科学」
現象を一つ一つ注意深く眺めていくしかないのだろうか。
2009-12-18[n年前へ]
■論理の先にある非論理的なサンタの正体
時間をかけ、目に見えて役立つように見えるわけでもない文章をただ書き続ける、ということがなかなかできません。以前は、「できるかな?」と題して、そういうことができていたような気がしますが、最近は「技術の話、けれど、技術だけでもない話」というものを書くことができていないように思います。けれど、そういうことを、また再開していこう、と考えています。
「できるかな?」では、(特に初期以外の時期は)「技術的な計算をしていくと、その計算結果を通して(何らかの)「オチ」にたどり着き、話が終わる」ということを意識して書いていました。それはなぜかというと、「○×が良ければ良いほど、△□は良い」といったような、何かの特異点や境目がないような話、つまりオチ(境目)のないは、何だかつまらない当たり前の技術問題に過ぎないように思えたからです。
逆に言うと、その「技術が解き明かすオチ」を思いついてから(ある程度そうなるだろうと確信してから)、初めて計算を始め・文章にまとめていました。それは、少し研究・論文書き、といったことと似ているのかもしれせん。
だから、時に、(たとえば月刊化学でされたような)こんな質問をされても、
Q: 調べていて,意外な結論が導きだされたりすることはあるのですか?いつも、こんな感じの答えをしていました。
A: いいえ、結論(オチ)まで考えてから実際の計算や 実験に取りかかるので,意外な答えに至ることはありません。ただ、一回だけ、「意外な答え」に気づき驚いたことがあります。それは、「サンタが街にやってくる」という話です.
クリスマスシーズンが近づいてきました。だから、もう一度この「サンタが街にやってくる」という話を、ここに挙げておこうと思います。「できるかな?」の内容は3度ほど書籍化されていますが、この話は、一番最初に出版された幻の本「できるかな?―うれしはずかし無敵の科学 (ホームページ・ブックス)
」にしか収録されていません。けれど、すべての「できるかな?」の中でも、私の一番のお気に入りの話です。
最初は少し数学的な話から入りますが、その論理的な計算から導き出される答えは、実に非論理的な「答え」です。けれど、それが私が一番心で納得できた「答え」です。だから、数学部分を乗り越えて、最後まで読んで欲しいと願います。
ちなみに、、「サンタが街にやってくる」では珍しくBGMをつけてあります。静かに読みたい方は、消音ボタンを押してから、リンクをクリックして頂ければ、幸いです。













