hirax.net::inside out::2006年09月26日

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2006-09-26[n年前へ]

「夢」と「希望」 

 from n年前へ.

なぜ、日本人や韓国人は、他人に「将来の夢」を聞いたり、自分の夢を語ったりできるんでしょう?夢って、もっと具体的に考えるものではないんでしょうか?
夢と希望って何だろう?と思い、新明解をひく。すると、「夢」は「実現するかどうか判らないが、やりたいと思っていた事柄」で、「希望」は「よりよい状態を期待し、その実現を願うこと」となっていた。 「実現」と「期待」の違いなんだろか?
 それとも、「よりよい状態」が重要なんだろうか。

「希望の希」は「希ガスの希」…? 

 先日、品川で「希望学」玄田有史教授への質問事項を考えていました。疲れていたせいか「世界は希望に満ち溢れていますよね(笑)」と言える気分でもなく、…しかし同時に「インタビューイが掲げるキャッチフレーズを否定する気分もちょっとねぇ…」と思いながら、言葉に詰まりながら編集者に私はこんな話をしていました。「希望の"希"って希ガスの"希"ですよね」「なんだか、"望みが叶う可能性が少ないことが希望だ"っていう気がしません?」「何だかどこかの実験室のチャンバーの中でしか見つけることができないようなものに思えません?」

希望とは、文字通りに読めば、希(まれ)にしか叶わない望みである
  玄田有史  『希望学』
 希:まれ・少ない・薄い(例:希少・希ガス・希薄)
 希:乞い願う (例:希望・希求)
  『新明解国語辞典』