hirax.net::inside out::*-09-27

  

2000-09-27[n年前へ]

今日の景色

 急に寒くなった。もう冬がすぐそこにある。

ビールを飲みながら考えたこと

 ビールの栓を開けてニュースステーションを見ていると、東海村事故の話。JOCの隣・大泉実成…あぁ、少し驚いた。「消えたマンガ家」はとても好きだった。いや、過去形ではなくて今でも、とても好きだ。

2001-09-27[n年前へ]

ネットトラフィックの洪水の中で

 事件後にニュースサイトのウェブマスター達がしたこと。必見。from お笑いパソコン日誌。
 別にヒーローを大量生産したいわけでは毛頭無くて、このウェブマスター達が
「そうして作られたページは、もしその会社のロゴが入っていなければ、パソコン初心者が作ったといっても信じてしまうくらいに素っ気無いものである。そしてウェブマスターはそんなページをダウン状態のサーバーに順次アップしていった。 」
という作業をしていた時の気持ちは「でも、少なくとも、今の仕事をきちんとこなしていく、それに尽きるなあ、なんて感じています。それがどんな地味な、力作業のような仕事であっても、です。だって今の私にできる、それがベストですもの。」というような感じだったのかな、とふと思った。埃にまみれたり、泥だらけになっていても、そんな時の人はきっと輝いてる、と思うのだけれど。(リンク

今日見た景色 本屋へ寄った

リンク

2002-09-27[n年前へ]

Air China「中華国際航空」

 いかにも古い飛行機は1時間半遅れで出発。って、このフライトは毎日1時間くらいは遅れてるらしい。なんだそりゃ。

PageRank 手法のすばらしい点

 機内では「Google の秘密」を読む。面白い。「強連結ではないグラフを強連結にする」という辺りの処理はとてもシンプルでスマートで感動すらしそうだ。
 それに加え、仮想モデルで「できるはずだ」ということと、動くものを示して「ほらどうだ」ということの間には、天と地ほどの差があるのである、という文章になるほどー、と思うのだった。(リンク

2003-09-27[n年前へ]

I dance


 二つのダンス。一つの踊りは緩やか、だけど時折とても早くなるダンス。もう一つの踊りはきっとウソのダンス。どこかで嘘のフィルムがカタコトカタコト回っているだけのダンス。だけど、そんなウソっこの踊りにも少し見とれたのも本当のこと。曲線美に見とれるな、っと。
 それとは関係なく、人を踊らせる方が良いか、自分が踊る方が良いか、さてさてどちらが好みに合っているのでしょうねぇ。

I danceI dance






今日の夕暮れ


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今日の夕暮れ今日の夕暮れ






JAZZをバックに

 ホテルの部屋で一休み、しようと思ったら電話が入る。一体、何処からここを知ったのでしょう?どうして、ここにいることを知ったのでしょう?とても不思議…だけれど、とにかく一緒に飲みに行く。ずいぶん演奏の上手い本場のJAZZをBGMにビールやワインを飲んでみる。

 ジャズを聴きながら次の「できるかな?」ネタがふと頭に浮かんだのだけれど、それはきっとまたいつかの話、と。

2005-09-27[n年前へ]

英語のための「筋肉トレーニング」

 はてなの就業前「自主英語学習」の当番資料、英語のための「筋肉トレーニング」をここにも保存しておく。

組織の自己崩壊に関する研究

 とても面白い解析・調査の結果である「組織の自己崩壊に関する研究」 データが(あまりに綺麗に並んでいるので、もしかしたら)ノンフィクションであったとしても、読み物として素晴らしく楽しめるかも。

渋谷 複雑なものは、言葉でしか表せない

 少し前に、プレゼン講習で「相手が見たことがない知らないものを、(相手に)言葉で説明することは不可能だ」なんていう話をした。だからこそ、画像とか動画像とかデモンストレーションというのは便利なんだ、と話したような気がする。
 今日、ふと喋ったことは、「あまりに複雑なものは、言葉で説明する方が楽だ」ということである。英語(文化)の学習用にジェスチャーゲームをやらされることがあった。出題された「英単語」をジェスチャーで他の人に伝える、ゲームである。"DNA"とか"Acid"なんていうのが出題された時には、頭がまっ白になった覚えがある。そんな時に、あまりに複雑なものは言葉でしか表現できない(もちろん乏しいながら)、と思ったりもする。

渋谷 複雑なものは、言葉でしか表せない渋谷 複雑なものは、言葉でしか表せない






2007-09-27[n年前へ]

ジェスチャーゲーム

 外国文化の学習用に、ジェスチャーゲームをやった。出題された「単語」を次の人にジェスチャーで伝える、という仮題のゲームだ。"DNA"とか"Acid"が出題された時は、頭がまっ白になった覚えがある。
「あまりに複雑なものは、言葉で説明する方が楽だ」
 しかし、驚いたのは、"DNA"を次の人に伝えた人がいたことだ。
「できるはずだ」ということと、動くものを示して「ほらどうだ」ということの間には、天と地ほどの差がある。
「喋れない言葉」は聞こえない「喋れる言葉」は「音が消えていても」聞こえるようになる
 「喋れない言葉」は聞こえない。そして、「喋れる言葉」は音が消えていても、ちゃんと聞こえる。これは、不思議なくらい本当だ。
 急に寒くなった。もう冬がすぐそこにある。
 "DNA"を知っている人が相手なら、言葉でなくてジェスチャーでもきちんと"DNA"を思い浮かべさせることができる。DNAという言葉を喋れる人になら、その言葉の音が消えていても、ちゃんと伝えることができる。
今の仕事をきちんとこなしていく、それに尽きるなあ、なんて感じています。それがどんな地味な、力作業のような仕事であっても、です。だって今の私にできる、それがベストですもの。