2001-03-04[n年前へ]
■漫画の時間 いしかわじゅん
この本は頻繁に読み直している。何がいいって、いしかわじゅんの漫画に対する気持ちがもう溢れまくっていて、とても気持ちが良いのである。本当に気持ちが良くなるのだ。ここまでくると、これは単なる漫画評論ではないと思う。
■田舎生活の不便さ
ふらっと中古のレコードを探しに行こうなんて思ったり、ふらっと楽器を買いに行ったりするのが無理だったりするところ。「古井戸の世界」を買いたいな、と。
大学ノートの裏表紙に さなえちゃんを描いたの
一日中かかって いっしょうけんめい描いたの
鉛筆で描いたから いつのまにか消えたの
(リンク)(リンク)
2002-03-04[n年前へ]
2004-03-04[n年前へ]
■お手軽線数メータ
お手軽線数メータは春過ぎくらいに発売になる予定、なのかな。春過ぎの「お茶の水」土産、あるいは夏前の「大阪」みやげにひとつ買って帰るのも良いかも。いや、買いです間違いなく。安いし。
■「人に知らせたくなった」こと
「気になった」「心惹かれた」「人に知らせたくなった」ことを、Tech総研向けにちょっと書く。書き始めて気づいたのが、「人に知らせたくなったこと」というものがほとんどない、ということ。別に、面白いことが無かったというわけではなくて、「気になった」「心惹かれた」ことをメモする発想はあっても、「人に知らせたくなる」という発想が自分にはほとんどないことに今更ながらに気づく。
2005-03-04[n年前へ]
■左大臣とか左遷とか
ここへ若干の画像などを書き加えさらに、左大臣とか左遷とか。視点をどこに置いて、どっちを向いたときの、「左」か「右」かを注意して読むべし。
■「人を認識したり、採点したり」のニュース

Tech総研で「人を認識したり、採点したり」のニュースが公開されています。この時期は、色んな入試試験が行われる時期だったりもするので、人を採点する時期と言えるかもしれません。あるいは、人によっては、年度末の評価をしたり(あるいは)されたりする時期だったりするかもしれません。「人を認識したり、採点したり」というのも、難しそうですねぇ。
ちなみに、右のスライドは「ひとこと」で言及されている件のメモ資料です。
2006-03-04[n年前へ]
■「株プチ・バブル」「ネットベンチャー」「米国の歴史」の繋がり
最近、雑誌や各種メディアで「(株取引などの)プチ・バブル記事」や「IT業界に関する記事」を見かけるたび、そこに米国指向(趣向と言い換えることもできるかもしれません)を感じ、少し「不思議な感じ」を受けることがありました。その「不思議な感じ」は、「何を私が不思議に感じているのかを、自分ですらよくわからない(何とも言葉にしがたい)疑問」です。あえて言うなら、「プチ・バブル記事」「IT業界に関する記事」「米国指向」がなぜ「似たようなもの」になるのかを少し不思議に感じた、という風だったかもしれません。
少し前、知人に勧められた「経済ってそういうことだったのか会議(佐藤雅彦・竹中平蔵 共著)」を読んでいて、少しだけその「不思議な感覚」が消えました。「株取引」や「ネットベンチャー」や「米国指向」が繋がる歴史的背景を、少しだけ納得できたという感じがしました。「経済ってそういうことだったのか会議」に出てくる一節から、なぜか「そんな繋がり」を納得してしまった、という具合です。その「実に個人的で感覚的な納得」を書いてみると、以下のようになります。
まず、私が、なるほど。確かにそうだなぁ」と思った一節や私が連想したことをいくつか短く並べてみると、例えば「米国はベンチャー(冒険・アドベンチャー)の結果としてできあがった国だ」「冒険者たちが株式会社を生み出した」「イギリス人のアメリカへの初渡航は、株式会社の誕生とほぼ同時だ」「19世紀終わりまで続く"開拓"がフロンティア精神(重視)を育てた」という感じです。冒険(=ベンチャー・アドベンチャー)の結果として、(西洋からすれば)未知の大陸が発見された、ということ、それは「米国という場所」の誕生以前の背景としてベンチャー気質に溢れていることを納得させます。そして、そんな海を渡って探検や航海や商売を行っていた人々が、そんなベンチャーの資金を得るために、「株式」会社を生み出したこと(1602年にオランダの東インド会社が世界で初めて「株」を発行した)は、昨今のITベンチャーの行いそのものです。そして、その世界初の「株式会社」が生まれた4年後に
最初のイギリス人がアメリカにわたり、それが今の米国へと繋がっていくことは、「株」というものと「米国」の不思議な繋がりを感じさせます。アメリカへ英国人が入植する以前に「株式会社」という経済システムはすでに生まれていて、「米国人」は「株式会社を生み出した人たち」により生み出されて、株式会社の発明以降に生まれた「民族」だということを考えてみると、「米国人はそういうことに自由自在に慣れ親しむ文化を生み出すのだろうなぁ」と自然に納得できるわけです。
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さらに、ほんの一世紀前まで、米国では(他人のいない)開拓地(フロンティア)へ突き進む移住を続けていた、ということを考えるならば、そういう「民族・文化」であればいつの時代も未開拓地へと突き進むフロンティア精神の虜になるに違いないだろう、と感じざるをえません。そして、だから米国は月というフロンティアへアポロを飛ばし、宇宙の遙か先にあるフロンティアに(スタートレックの)エンタープライズ号を走らせ、そしてネットというフロンティアにも突き進んでいるのか、とふと納得したというわけです。
■「株プチバブル」「ベンチャー」「米国の歴史」繋がり
「株プチ・バブル」「ネットベンチャー」「米国の歴史」の繋がりを読みやすくフォーマットするために、Tech総研ブログの方に「株プチバブル」「ネットベンチャー」「米国の歴史」繋がりとして(ごく一部変えた上で)書いてみました。小項目を入れると(現在のこのページのデザインでは)「まるでプレゼンスライド」みたいになってしまうので、単にそれを避けるために、Tech総研ブログの方に写してみました。少しヘンな話ですけれど…。
■「1984年」の日本の姿
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「1984年」と言えば、ジョージ・オーウェルの小説1984年が思い浮かぶ。1984年という数字は、長くにわたり、未来の象徴の年号だったはずだ。…しかし、今ではそれはかなり過去の年号になってしまっている。
新渡戸稲造の五千円札や夏目漱石の千円札が発行され、グリコ・森永事件が起き、写真週刊誌「FRIDAY」が創刊された1984年の日本の姿を、スミルノフ教授経由で眺める。
2008-03-04[n年前へ]
■「ルイ・ヴィトンのモノグラム」を見てみよう
アクセサリーサイズの計測器を持ち歩いている。10円玉くらいの圧力分布計測器や、非接触温度測定器や…つまりは、小さなサイズのオモチャをいつも持ち歩いている。といっても、それは持ち歩いているだけで、実際に使う機会に恵まれることはあまりない。けれど、そんなものをいつも持ち歩いている。
メモ書きをしていると、ルイ・ヴィトン(モノグラムの6穴リング手帳を使っている人がいた。ルイ・ヴィトンがそんな文房具まで作っていることに驚き、その手帖の"LOUIS VUITTON"というブランド名"LV"の部分を15倍の小さな顕微鏡で眺めてみた。すると、少し奇妙に感じた。よくある普通の”ビニールへのハーフトーン印刷”にしか見えなかったからだ。こんな風に革に印刷することがあるものだろうか…何か変だ。
右上の画像は、15倍の小さな顕微鏡をさらにケータイ電話のカメラ機能で写したものである。安紙に印刷した雑誌と同じような印刷がされていることが見て取れる。これでは、まるで子供ようのビニール財布だ…と思ったら、ルイ・ヴィトンのモノグラムの素材は「革」ではないという実は、キャンバス地にビニール加工した素材だということであるらしい。だから、"LOUIS VUITTON"というブランド・ロゴの部分が普通の”ビニールへのハーフトーン印刷に見えるのも当たり前の話だった…というわけである。
革や木と見分けをしづらいプラスチックが溢れていることはわかっていても、よく聞く有名ブランドのルイ・ヴィトンなどもビニール・コーティングされたものを作り・売っていたのだとは知らなかった。ブランド品に興味ある人であれば常識であることに違いないが、特に興味もなく眺めることも少なかったものなので、「ルイ・ヴィトンのモノグラム」を拡大して眺めた結果は、何だか面白く・意外だった。














