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2001-04-17[n年前へ]

今日のビックリ 英語教育編 

 小学校三年生から英語の授業があるのデスカ?何と、うらやましい。

2002-04-17[n年前へ]

霧と強い風 

 箱根の麓だから、すごい。東京・横浜で風速25m/sってことは時速90km。ってことは、Fカップ弱ですね。そっちは巨乳の嵐ですね。コイツはスゴイ。(リンク

newZPrint 

 もう口にするのも恥ずかしい「紙文化の今後」について適当な技術ネタを考えなきゃいけない。で、久々にnewZPrintを動かそうとしたら、もう動かない。会社が消えたのかな?(リンク

ステレオ月面写真 

 これは影の動きで立体化する。面白いです。というわけで、これは某社の社員さんからの情報。(リンク

キラキラ 

せつない思い出は ふたり 重ねてゆくもの
また来る哀しみは 越えてゆくもの

 年とったなぁ、小田和正も。(リンク)(リンク)(リンク

BITTERSWEET SAMBA 

 何故か、この曲を聴くととても気分がディープ・ブルーになるワタシ。(リンク

2003-04-17[n年前へ]

月を見上げて、望みを託す 

 こんな四コマ

字が成立した時代とは遠く離れていても、月を見上げてもの思う人の心に大きな違いはないだろう。違うのは「望遠鏡」の有無。ハッブル宇宙望遠鏡は何十億光年彼方、「星の誕生」までを覗いて宇宙誕生の秘密にせまり、人類の未来に望みを托す。
良い感じです。

2003 NHK放送技研一般公開 

 NHK放送技研の「一般公開」 5月22日(木)〜25日(日)で、研究発表会は23日(金)午前11時〜午後4時。小中学生向け公開授業「テレビのしくみ」は24日(土)午前、午後各1回、と。

動物のお医者さん 

 私はもちろん連載スタート時からの「花とゆめ」の読者だったわけで(大学院卒業と同時に花とゆめも卒業したが)、ちょっと動物のお医者さんにはうるさいのである。しかし、あの主人公達の配役はハムテルと二階堂は逆だろう。ハムテルが表情を出してどうする?それに、教授達もずいぶん変だ。ハマっているのはチョビ(と菱沼はもう少し力を抜けばなぁ…)だけだ。あれじゃぁ、ずいぶん昔の深夜のドラマだぁー。

旅にでかけよう 

 今日のなんでやねんを読んで思い出した「ニルスの不思議な旅」の主題歌。なかなか気持ちの良い歌だった。歌っているのは元タイガースの加橋かつみささんで作曲はゴダイゴのタケカワユキヒデ。というわけで、これを買うのだ。

 で、ついでにこの「キャプテンフューチャー」も買って「ポプラ通りの家」を聴いてみたいのである。そして、脈絡無くこんな替え歌

君がいつか シリコンバレーまで 行くことがあったなら クパチーノ通りのApple本社 たずねてほしい そこに今も 厳しい目の男がすんでいたら ガゼーはとても元気と それだけ伝えてきてほしい
を歌ってみるのである。

2004-04-17[n年前へ]

月刊化学5月号 

 月刊化学5月号の【化学の本だな】にhirax.netのインタビュー記事が掲載されています。松田卓也氏の「プレゼン道を極める」なんていう面白そうな連載があるので、化学に興味がそれほどない人でもバックナンバーも含めて結構「買い」の雑誌かも。

 帰宅すると月刊化学5月号が届いていた。これ、「かも」どころか「定期購読で買い」で間違いない。「緊急特集 『中村裁判』ショック!!」もいや面白い。こういう雑誌を遅ればせながら知ることができたことに感謝、と。

空と送電線 

空と送電線空と送電線空と送電線






2005-04-17[n年前へ]

北千住 

 忙しさばかりの毎日が続いているので、気分転換に北千住に行く。気分転換…はできたというか、気分が「変わった」と言うより単に気分が「ヘコんだ」というか…。気分はひどくダークブルーだ…。まずは何より練習しないとね。
 練習…したいところだけど、それより先にTech総研用原稿を書き始める…。うぅ。 …とりあえず書いたみたから、次はちょっとPhotoshopの面補正プラグインを作成開始…。うぅ。で、次はテスト用のCGIのスケッチを作る…。うぅ。

北千住北千住北千住






紙と仕事や伝言の量 

 紙が素晴らしい大きな理由の一つは「紙がモノである」ということだと、ふと考えた。電子ペーパーの資料を読みながら、そんなこと考えた。
 例えば、かつて「本」は知識という形のないものを「本」というモノに物体化した。あるいは、「(紙のような媒体の上に描かれた)絵画・写真」といったものは「景色や世界という形がありそうで、その姿をなかなか形にすることができないもの」をモノという物体に変えた。
 あるいは、例えばポストイットはよく伝言やメモを貼り付けたりすることに使われる。それが素晴らしいのは、伝言やメッセージを「一枚のポストイット」というモノとして姿を現させることである。モノとして伝言やメモが姿を見せていれば、人はそれを把握しやすいに違いない。だから、ポストイットはそういう使われ方をし、そして大ヒット商品となったのだろうと思う。

 伝言のポストイットや、紙書類や、写真や絵画といったモノとして姿を現された「何か」が、電子化の流れの中でまたモノとしての姿を消そうとしている。モノの姿をしているからこそ(少なくとも二十世紀までの)人が把握しやすかった何かがまた姿が見えないものになろうとしている。
 「しかし、例えば机の上には仕事の紙書類があふれ、ディスプレイはポストイットの伝言で埋まっているじゃないか?」「そんなに世の中に紙が溢れているのだから、やはり紙より電子データにしないとダメなんじゃないの?」と思うこともある。だけど、それは紙が悪いのではなくて、単に世の中の「仕事や伝言」が多くなりすぎていることが原因かもしれない、と思う。それらの「仕事や伝言」が紙というモノとして姿を現しているから、紙が悪者に見えるけれど、それは紙というモノの形をした「何か」が多すぎるからかもしれない、と思う。電子化されたデータベースはえてして単なる「ゴミ箱」になりかねない。電子化 ≒ " > /dev/null"というようになってしまったりもする。それは、「何か」のモノという姿を変えたのではなくて、「何か」というモノの数が単に多いから捨ててしまったというだけだ。

 もしかしたら、「私が電子メールにすぐに眼を通したり返事を書いたりできない」ことへの言い訳かもしれないですけれど、ね。電子メールの返事は必ず書くのですが、時間がかかるんですよ…、処理するまでに…。

キャミブラ 3-D 

 思わず「立体形状の自然さ」を検証したくなるワコールのキャミブラ 3-D. 検証と言っても、もちろん実地検証ではなくてあくまで机上の空論で…。
Wacoal -キャミブラ-見栄張りOLセレブへの道 | キャミブラ買いました

2006-04-17[n年前へ]

画像学会技術講習会&シミュレーション実演講習 

 7/20(木)・21(金)に品川コクヨホールで開催される日本画像学会 技術講習会「画像技術の基礎と最新技術」で講師をやります。同じ話の繰り返しは飽きてきたので、解析プログラムでも適当に作って配布でもしてみようかな、と思っています。興味のある(同業の)方はいらっしゃると面白いかもしれません。
 なお、初日に開かれる電子写真シミュレーション実演講習は先着15名限定ですので、興味のある方はお早めに申し込まれると楽しめるのではないか、と思います。ちなみに、昨年実演講習のお手伝いをした後は、「エクセルの画面をしばらくは見たくない」という気分になりました。エクセルで複雑なことをするのは、表計算ソフトの特長と相反するような気もしたのです。
 また、機械学会分科会主催の同様の講習会も9月4・5日に開催されますので、そちらの方もよろしくお願いいたします。

タンポポ 

タンポポタンポポタンポポタンポポ






「紙と仕事や伝言の量」 

 今日の「n年前へ」は「紙と仕事や伝言の量」などです。

紙が素晴らしい大きな理由の一つは「紙がモノである」ということだと、ふと考えた。例えば、かつて「本」は知識という形のないものを「本」というモノに物体化した。 あるいは、例えばポストイットが素晴らしいのは、伝言やメッセージを「一枚のポストイット」というモノとして姿を現させることである。 伝言のポストイットや、紙書類として姿を現された「何か」が、電子化の流れの中でまたモノとしての姿を消そうとしている。

2008-04-17[n年前へ]

「バルコニー特許の限界」と「冬の日差しの限界」のヒミツ 

 「バルコニー特許」の幾何学を使うと、バルコニーをマンションの壁から4メートルほど突き出すことができる。ところで、この"4メートル"を「幅広バルコニー(ベランダ)」と「冬の部屋」のヒミツで書いたことと同じように、「冬の寒く湿気た部屋を照らす暖かな日差し」という観点から考えてみると、面白いことに気づく。

 それは、バルコニーの幅(部屋からの長さ)が4メートルを超えると、(ひとつの階あたりの高さが2.5mほどのマンションであるならば)部屋に日差しが全く入らなくなる、ということである。逆に言えば、 「バルコニー特許」の請求項の範囲であれば、「バルコニーの幅を(部分的に)4メートル近くにも広げることができつつも、冬の日差しを(少しは)部屋に引き入れることができる」というわけである。「バルコニー特許の幾何学」と「冬の日差しの幾何学」を描き眺めてみると、何だか上手い関係になっていて面白い。

冬の日差し






2009-04-17[n年前へ]

(A-bike型自転車の)8インチ空気タイヤ版A-Bicycle に乗ってみた 

 「(A-bike型)自転車 A-bicycle を買ってみた。」というわけで、いちばん最初の印象を書いてみます。ハードオフ併設のB・スポーツ店、(サイトに行けば手に入る5パーセント割引チケットを使うことで)値段は8千円ほどでした。これが、新品の「自転車」であると思えば、実に格安の値段に思えます。もちろん、「安物買いの銭失い」という言葉を実感させられる覚悟をした上で、ということが前提の話です。価格が1万5千円を超えていたら、質感・剛性感はとても「低い」と感じるでしょうが、8千円という値段を考えると、値段以上の価値があるように思えます。何しろ、工具も(米国式バルブの)空気入れも付属して、この値段なのです。

 畳んだ時の大きさはとても小さく、車重も軽いため「持ち歩き」は非常に気軽にできるように思えます。右上の写真は、折りたたんだ時の形状です。サイズ比較用の「25cmの靴」と比較してみれば、実に小さいことがわかります。テニスラケットを2本入れたようなバックと同じか、それより少し小さいくらいの感じです。バックは少し大きめに作られているので、厚手の買い物バッグに入れて持ち歩いてもまったく問題ないくらいの大きさと重さです。

 折りたたまれている状態から、何アクションかで組み上げてみると、その大きさの変化には本当にびっくりしました。しかも、その「変身」が30秒弱の時間で行われること、「最小限のメカニズム+部品構成で作られている」ことに驚かされましたした。「 本物A-bike 」の設計技術には、とても感心させられます。

 さて、自転車に乗ってみると、タイヤが極小径の8インチ≒20センチメートル( 本物A-bike は6インチ≒15センチメートル)ほどなので、ハムスターのような気持にはなってシャカシャカ漕がないと速度が出ません。けれど、シャカシャカ漕ぎ続けてさえいれば、ケータイ片手の自転車高校生よりは速度が出るような感じです。

 というわけで、まずは、空気圧を調整して気持ちよく乗れるようにして、5kmくらい走って平均速度を調べてみようと思います。第一印象は、(値段を考えると)なかなかの優れものです。

(A-bike型自転車の)8インチ空気タイヤ版A-Bicycle に乗ってみた(A-bike型自転車の)8インチ空気タイヤ版A-Bicycle に乗ってみた(A-bike型自転車の)8インチ空気タイヤ版A-Bicycle に乗ってみた(A-bike型自転車の)8インチ空気タイヤ版A-Bicycle に乗ってみた






2010-04-17[n年前へ]

「チョンマゲ」始めました。 

 お笑いコンビ「ロザン」の片割れ、「芸人として成功するために、相方の宇治原を京都大学に入れた」管が綴る「京大芸人 」を読んでいて面白かったのが、この一節だ。

 席に座りなにげなくまわりを見渡すと、僕の右斜め前に信じられない光景が目に入った。サムライがいた。
 正真正銘のサムライがいた。茶色の着物を着て、腰に刀を差していた。頭を見てみるとかつらではなく、地毛でチョンマゲを結っていた。
 そのサムライはおもむろにカバンからパソコンを取り出して何やら作業を始めた。まるで、(中略)B級映画のワンシーンを見ているみたいだった。
 そうか、万城目学の「鴨川ホルモー 」に出てくる、京都のチョンマゲ男は実話だったのか。ロザンの管が眺めた時代も…ちょうど、万城目学が眺めた吉田山の麓の景色に重なる頃だろうか。
 このごろ都にはやるもの、勧誘、貧乏、一目ぼれ。葵祭の帰り道、ふと渡されたビラ一枚。
 腹を空かせた新入生、文句に誘われノコノコと、出向いた先で見たものは、世にも華麗な女(鼻)でした。
 このごろ都にはやるもの、協定、合戦、片思い。祇園祭の宵山に、待ち構えるは、いざ「ホルモー」。「ホルモン」ではない、是れ「ホルモー」。戦いのときは訪れて、大路小路にときの声。
恋に、戦に、チョンマゲに、若者たちは闊歩して、魑魅魍魎は跋扈する。
 チョンマゲ男は、なぜチョンマゲを始めたのだろう。どのように、チョンマゲを結い始め、そして、今はどんな髪型をしているのだろうか。

2011-04-17[n年前へ]

「放射性物質がある場所が見える目」と「放射性物質を見ないスクリーニング検査」 

 「放射線は目に見えないから怖い」という言葉を聞きます。けれど、目に見えないように思えることも、実は意外に「見る」ことができるものです。

 被災地に住む知人が、身の回りにあるたくさんのものに線量計を向け、放射線量を計っています。たとえば、一番強く放射線を発していたのは、ビル屋上の「水溜まりが乾いた跡」で、およそ20〜50μSv/h程度で放射線を発している、ということでした。公式に発表されている放射線量よりも、自分たちが使う線量計で計った結果はおよそ2倍近く大きいことが多い、ということでしたので、ここで書くμSv/h値は、その程度の違いは持つかもしれない値です。ちなみに、バックグランドレベルの計測値は0.2μSv/h程度だったそうです。

 たくさんの場所・ものを計り続けた結果、強く放射線を発しているのは、アスファルトやコンクリートの上に残る水たまりの跡や、公園に生える木の幹表面や、あるいは、(静電気で粉塵を集める性質のある)塩ビのパイプといったもので、降雨とともに地面に落ちたものが集まるような箇所とか、粉塵を集めるようなものは放射線を強く発していた、と言います。だから、たとえば、ダスキンモップのようなもので、家の中を拭くとモップに付いた粉塵から放射線が発せられていた、というわけです。つまり、「たとえば花粉のような粉塵が集まる」場所は、もれなく放射線を強く発する場所です。

 そういった「大気に漂うもの」が(何かに吸着したりして)地面に降り積もりやすそうな場所を、心の目で眺めて見つけ出してみれば、確かにそういう箇所は他の場所に比べて強い放射線を発している…というわけで、放射性物質がある場所は「見える」のです。

 事故が起こってから、雨が降った跡に地面に残る(水溜まりの跡に残る)黄色い花粉跡を眺め、「放射性物質でないか?」と心配した人が多かったといいます。そして、「それは、ただの花粉ですから心配ないですよ」という説明がされていたのも記憶に新しいところです。けれど、関東地方はともかく、風向きと降雨の組み合わせが悪かった地域では、あの花粉が集まった黄色い跡は、放射性物質が濃い場所と実は”イコール”でもあったわけです。そうした地域では、「その黄色い跡は、別に放射線を発するわけではありませんよ」という説明は、「正しくない」ということになってしまいます。

 …そういった説明を生み出す駆動力を眺めれば、それは今回の事故を生む土壌と同じではないかという気もします。

 長い休み明けの校舎にたまったホコリを、雑巾を持ったこどもたちが拭き掃除する学校もあれば、(こどもたちが登校する前に)ダスキンモップを持った大人たちが掃除する学校もあるかもしれません。…放射性物質がある場所が見える目で眺めれば、そのふたつの学校は ずいぶんと違う(こどもたちに対して違う対応をする)校舎に見えることでしょう。

 線量計を強く反応させる粉塵を集めた知人は、ケースに入れた(ケース越しに20μSv/hを発する)粉塵をズボンのポケットに入れ、「被ばくの有無」を確認するスクリーニング検査に向かいました。ちなみに、「除染が必要かどうか」のしきい値は、3月20日付けで原子力安全委員会が10,000cpmから100,000cpmに変更していて、この値は TGS-136 型 GM サーベイメータ(5cm 口径)を用いた場合の1μSv/h(10cm 離れた場所での線量率)に相当します。けれど、少なくとも知人の(ズボンのポケットに入った)20μSv/hを発する粉塵を検知することはありませんでした。腰に20μSv/hの粉塵を入れた知人は「何の問題もなし」ということで、スクリーニング検査を通過してしまったのです。

 「放射性物質がある場所」は、意外に思えるかもしれませんが、目で見ることができたりします。けれど、その一方で、「放射性物質を見ないスクリーニング検査」もあったりするのです。

2012-04-17[n年前へ]

百次方程式の係数を複素平面上で動かして、百個の解のダンスを眺め・楽しんでみよう!? 

 多項式からなる代数方程式の「係数」をマウスでつかんで動かした時に、「(その代数方程式の)”解たち”の配置」と「”解たち”が動き回るようす」を眺めたいな…と思ったのですが、ググってみると「x^n + b x + 1 = 0 おいう代数方程式の係数bを複素平面上で動かした時に”解たち”がどのような配置になるか・どのように動き回るか」をインタラクティブに味わえる・楽しむことができる(Monodromy of z^n + b z + 1 = 0)というものがありました。

 そこで、”x^n + b x + 1 = 0”という二次から百次までの代数方程式で、係数”b”を複素平面上で(マウスで)動かして(青丸)、(その動きに応じて)解の集団(赤丸)が形作る美しいダンスを眺め・楽しんでみました。

 中学生くらいの頃、"X^2+2=0"といった方程式を(各々の軸が実数の)XY平面上で黒板の上で眺めつつ、その黒板上に描かれたXY平面には、"Y=X^2+2"というグラフと"Y=0"というグラフが「どこでも交わっていない」ようにしか見えないのに、方程式の「答え」は「(どこかに)2つの解がある」というもので…それは理不尽で不思議で…つまりは納得できなかったような気がします。

 あの頃、複素平面上に複素数値を描いたグラフを見ていたら、黒板の上で多項式の解が複素平面上で円を描いてフォーク・ダンスを踊る風景を眺めていたら…数学に恋をしていたかもしれない、と思います。

 オクラホマ・ミクサーやマイムマイム…黒板の上の複素平面上で代数方程式の係数が動くにつれ、その方程式の解の群団が踊るフォークダンス…が今日見た景色、です。

2013-04-17[n年前へ]

USBキーボードを接続した iPad で「キー入れ替え」をしてみよう! 

 Lightning 接続の iPad Connection キットで iPad mini に Happy Hacking キーボードを繋ぐことができるようになりました。しかし、iOSでハッピーでハッキングしようと思うと、コピーやペースト(あるいは各種コマンド)を行う際に使うコマンドキーをAキーの左横、つまりControlキー位置へと入れ替えたくなります。

 ところが、iOS にはキー入れ替えを行う機能がありません。そこで、Happy Hackingキーボード(USBキーボード)とiPad mini(PC)の間に「キーコード変換などを行う基盤(はかどるん)」を挿入し、Controlキーとコマンドキーを入れ替えてみました。そのようすが、下の写真です。

 iPad mini からUSB側に供給できる電力は小さいので、HappyHackingキーボードおよびキーコード変換基盤に対して電流を供給することはできません。そこで、セルフパワーのハブを介して、「キーコード変換などを行う基盤(はかどるん)」と(さらにその先に)Happy Hackingキーボードを繋ぎます。そして、「はかどるん」にキー入れ替え設定をしてやれば、まさに自分好みのHaapy Hackingライフを楽しむことができます。

 iPad に外部キーボードを繋いで使っているけれど、コピーペーストや日本語変換のON/OFF切り替え時にコマンドキーを押すのが一苦労…キーボード・キー配置は重要だ!という方々は、こんなHappy Hacking をしてみるのも面白いかもしれません。

USBキーボードを接続した iPad でキー入れ替えをしてみよう!






2015-04-17[n年前へ]

「世界の何処か」で響く音 

 ドイツ・ベルギー・オランダの3国境近くにあり、EU(ヨーロッパ連合)に関する条約であるマーストリヒト条約が結ばれたマーストリヒト(Maastricht)に行き、古街の中心を自転車でウロウロしていると、ハングドラムの美しい響きが通りを綺麗に流れてます。それはまるで、SONYの美しいCM映像のようで、心から聴き惚れ・そして見とれてしまいました。

2016-04-17[n年前へ]

「レーウェンフックのスケッチ」と「フェルメールと印刷プロセス」 

 「レーウェンフックのスケッチは、あの画家フェルメールが描いたという説が!」というコメントを理科実験界隈で聞いた。それを聞いた時に考えたことを、少しここに書いてみる。

 この「説」が流れ始めたのは、「あの」福岡伸一さんの影響だろうか、たとえば(ANAが出している雑誌記事で最初に見た気もするけれど)右に貼り付けたような新聞記事にもなっている。…けれど、この記事にはいくつもの疑問がある。福岡先生は、オリジナルの手稿(オリジナルの素描)の変遷を時代的に追えるほどに十分に見たのだろうか?とか、そもそもレーウェンフックが観察を行い・その記録を出版した多くの時代はフェルメールが亡くなってからだということはどう説明するのだろう?とか、そもそも「(当時は)熟練のーけれど油彩画ではなくてー別種の画家の力を借りるのが当然だった」ということに言及していないのはなぜだろう?といった疑問だ。

 今現在眺めることができる「レーウェンフックが描いたスケッチ」というものは、多くのものが「レーウェンフックの自筆スケッチ」ではない。英国の王立学会(王立協会)の解説記事がわかりやすいけれど、現在「レーウェンフックのスケッチ」として眺めることができるほぼ全ての絵は「レーウェンフックの自筆スケッチとコメントを元にして銅版画家(油彩画画家ではなく)」が描いた上で印刷されたイラスト」だ。ちなみに、左下にはりつけたのは、王立学会解説記事で使われている希少なこれは希少なレーウェンフックの自筆スケッチで、右側はそれを銅版画家がトレースして(そのプロセスから必然として)反転すると同時に、(レーウェンフックの観察文言を元にして)銅版画家の想像力が作り出した銅版画化された世界だ。

 当時の印刷プロセスを考えれば、その当時の時代技術を考えれば当然のことであるのだけれども、「描いた絵」をー銅版画家ーが描き直す必要があった。もちろん、そもそも「絵を描くこと」ができない研究者も多いので、(王立学会記事にしたがえば、”レーウェンフックの場合は、本人が元スケッチを描いた”けれど)他の研究者の場合にはー銅版画家に回す前にーまず最初の画家に描いて貰うことで=観察した研究者・イラストを描く画家・銅版画家…のトータル3人の感覚に描画技術を経て作り出されるのが普通だった。もちろん、当時は銅版画家が「想像で書く」ことも一般的だったので、レーウェンフックの自筆スケッチと観察文面とを踏まえて、銅版画家が想像力で加筆をすることも普通だった。つまり、「科学者が(銅版)画を描く技術が無いので、(銅版)画家に描いてもらう」ことは普通だった。

 福岡伸一さんが書かれる一連の記事は、まるで小保方さんのように「人が欲しがるもの・ツボ」に通じていて…だから、そういうコメントが(興味を惹くために)理科実験界隈で出てくることについては…何か少し考えさせられてしまったりする。

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2019-04-17[n年前へ]

100円程度の小さな工夫,スマホセンサをこんな活用するなんて! 

 4月18日発売の「ソフトウェアデザイン(Software Design) 2019年5月号」に 『100円程度の小さな工夫,スマホセンサをこんな活用するなんて!』を書きました。スマホが持つセンサや入出力端子を、少し使い方を変えたりすることで、AR可視化機能を拡張してみよう!という話です。

 東京の山近く、東青梅に位置する「夢の図書館」「マイコン博物館」で「コンピュータの歴史を学ぶセミナー」に参加した後、そこで(コンピュータの歴史に詳しい人に)相談した後に秋月電子に行って部品を買い、NeXTコンピュータの開発をしていた人などに(JUNETとfjの話題を振り返りつつ)回路の相談をしつつ、そんなこんなが反映されているような(反映されていないような)そんな感じのスマホ電子工作記事になります。