2001-04-17[n年前へ]
■今日のビックリ 英語教育編
小学校三年生から英語の授業があるのデスカ?何と、うらやましい。
2002-04-17[n年前へ]
■BITTERSWEET SAMBA
何故か、この曲を聴くととても気分がディープ・ブルーになるワタシ。(リンク)
■newZPrint
もう口にするのも恥ずかしい「紙文化の今後」について適当な技術ネタを考えなきゃいけない。で、久々にnewZPrintを動かそうとしたら、もう動かない。会社が消えたのかな?(リンク)
2003-04-17[n年前へ]
■2003 NHK放送技研一般公開
NHK放送技研の「一般公開」 5月22日(木)〜25日(日)で、研究発表会は23日(金)午前11時〜午後4時。小中学生向け公開授業「テレビのしくみ」は24日(土)午前、午後各1回、と。
■旅にでかけよう
今日のなんでやねんを読んで思い出した「ニルスの不思議な旅」の主題歌。なかなか気持ちの良い歌だった。歌っているのは元タイガースの加橋かつみささんで作曲はゴダイゴのタケカワユキヒデ。というわけで、これを買うのだ。
で、ついでにこの「キャプテンフューチャー」も買って「ポプラ通りの家」を聴いてみたいのである。そして、脈絡無くこんな替え歌
君がいつか シリコンバレーまで 行くことがあったなら クパチーノ通りのApple本社 たずねてほしい そこに今も 厳しい目の男がすんでいたら ガゼーはとても元気と それだけ伝えてきてほしいを歌ってみるのである。
■月を見上げて、望みを託す
字が成立した時代とは遠く離れていても、月を見上げてもの思う人の心に大きな違いはないだろう。違うのは「望遠鏡」の有無。ハッブル宇宙望遠鏡は何十億光年彼方、「星の誕生」までを覗いて宇宙誕生の秘密にせまり、人類の未来に望みを托す。良い感じです。
■動物のお医者さん
私はもちろん連載スタート時からの「花とゆめ」の読者だったわけで(大学院卒業と同時に花とゆめも卒業したが)、ちょっと動物のお医者さんにはうるさいのである。しかし、あの主人公達の配役はハムテルと二階堂は逆だろう。ハムテルが表情を出してどうする?それに、教授達もずいぶん変だ。ハマっているのはチョビ(と菱沼はもう少し力を抜けばなぁ…)だけだ。あれじゃぁ、ずいぶん昔の深夜のドラマだぁー。
2004-04-17[n年前へ]
■月刊化学5月号
月刊化学5月号の【化学の本だな】にhirax.netのインタビュー記事が掲載されています。松田卓也氏の「プレゼン道を極める」なんていう面白そうな連載があるので、化学に興味がそれほどない人でもバックナンバーも含めて結構「買い」の雑誌かも。
帰宅すると月刊化学5月号が届いていた。これ、「かも」どころか「定期購読で買い」で間違いない。「緊急特集 『中村裁判』ショック!!」もいや面白い。こういう雑誌を遅ればせながら知ることができたことに感謝、と。
2005-04-17[n年前へ]
■北千住
忙しさばかりの毎日が続いているので、気分転換に北千住に行く。気分転換…はできたというか、気分が「変わった」と言うより単に気分が「ヘコんだ」というか…。気分はひどくダークブルーだ…。まずは何より練習しないとね。
練習…したいところだけど、それより先にTech総研用原稿を書き始める…。うぅ。 …とりあえず書いたみたから、次はちょっとPhotoshopの面補正プラグインを作成開始…。うぅ。で、次はテスト用のCGIのスケッチを作る…。うぅ。
■紙と仕事や伝言の量
紙が素晴らしい大きな理由の一つは「紙がモノである」ということだと、ふと考えた。電子ペーパーの資料を読みながら、そんなこと考えた。
例えば、かつて「本」は知識という形のないものを「本」というモノに物体化した。あるいは、「(紙のような媒体の上に描かれた)絵画・写真」といったものは「景色や世界という形がありそうで、その姿をなかなか形にすることができないもの」をモノという物体に変えた。
あるいは、例えばポストイットはよく伝言やメモを貼り付けたりすることに使われる。それが素晴らしいのは、伝言やメッセージを「一枚のポストイット」というモノとして姿を現させることである。モノとして伝言やメモが姿を見せていれば、人はそれを把握しやすいに違いない。だから、ポストイットはそういう使われ方をし、そして大ヒット商品となったのだろうと思う。
伝言のポストイットや、紙書類や、写真や絵画といったモノとして姿を現された「何か」が、電子化の流れの中でまたモノとしての姿を消そうとしている。モノの姿をしているからこそ(少なくとも二十世紀までの)人が把握しやすかった何かがまた姿が見えないものになろうとしている。
「しかし、例えば机の上には仕事の紙書類があふれ、ディスプレイはポストイットの伝言で埋まっているじゃないか?」「そんなに世の中に紙が溢れているのだから、やはり紙より電子データにしないとダメなんじゃないの?」と思うこともある。だけど、それは紙が悪いのではなくて、単に世の中の「仕事や伝言」が多くなりすぎていることが原因かもしれない、と思う。それらの「仕事や伝言」が紙というモノとして姿を現しているから、紙が悪者に見えるけれど、それは紙というモノの形をした「何か」が多すぎるからかもしれない、と思う。電子化されたデータベースはえてして単なる「ゴミ箱」になりかねない。電子化 ≒ " > /dev/null"というようになってしまったりもする。それは、「何か」のモノという姿を変えたのではなくて、「何か」というモノの数が単に多いから捨ててしまったというだけだ。
もしかしたら、「私が電子メールにすぐに眼を通したり返事を書いたりできない」ことへの言い訳かもしれないですけれど、ね。電子メールの返事は必ず書くのですが、時間がかかるんですよ…、処理するまでに…。
2006-04-17[n年前へ]
■画像学会技術講習会&シミュレーション実演講習
7/20(木)・21(金)に品川コクヨホールで開催される日本画像学会 技術講習会「画像技術の基礎と最新技術」で講師をやります。同じ話の繰り返しは飽きてきたので、解析プログラムでも適当に作って配布でもしてみようかな、と思っています。興味のある(同業の)方はいらっしゃると面白いかもしれません。
なお、初日に開かれる電子写真シミュレーション実演講習は先着15名限定ですので、興味のある方はお早めに申し込まれると楽しめるのではないか、と思います。ちなみに、昨年実演講習のお手伝いをした後は、「エクセルの画面をしばらくは見たくない」という気分になりました。エクセルで複雑なことをするのは、表計算ソフトの特長と相反するような気もしたのです。
また、機械学会分科会主催の同様の講習会も9月4・5日に開催されますので、そちらの方もよろしくお願いいたします。
■「紙と仕事や伝言の量」
今日の「n年前へ」は「紙と仕事や伝言の量」などです。
紙が素晴らしい大きな理由の一つは「紙がモノである」ということだと、ふと考えた。例えば、かつて「本」は知識という形のないものを「本」というモノに物体化した。 あるいは、例えばポストイットが素晴らしいのは、伝言やメッセージを「一枚のポストイット」というモノとして姿を現させることである。 伝言のポストイットや、紙書類として姿を現された「何か」が、電子化の流れの中でまたモノとしての姿を消そうとしている。
2008-04-17[n年前へ]
■「バルコニー特許の限界」と「冬の日差しの限界」のヒミツ
「バルコニー特許」の幾何学を使うと、バルコニーをマンションの壁から4メートルほど突き出すことができる。ところで、この"4メートル"を「幅広バルコニー(ベランダ)」と「冬の部屋」のヒミツで書いたことと同じように、「冬の寒く湿気た部屋を照らす暖かな日差し」という観点から考えてみると、面白いことに気づく。
それは、バルコニーの幅(部屋からの長さ)が4メートルを超えると、(ひとつの階あたりの高さが2.5mほどのマンションであるならば)部屋に日差しが全く入らなくなる、ということである。逆に言えば、 「バルコニー特許」の請求項の範囲であれば、「バルコニーの幅を(部分的に)4メートル近くにも広げることができつつも、冬の日差しを(少しは)部屋に引き入れることができる」というわけである。「バルコニー特許の幾何学」と「冬の日差しの幾何学」を描き眺めてみると、何だか上手い関係になっていて面白い。
















