hirax.net::inside out::*-11-06

  

2000-11-06[n年前へ]

徳山ダム

 夕飯を食べながらニュースを見ていると、徳山ダムをずっと建設中の徳山村のことをやっていた。もう何年も前に徳山村に行ったことを思い出した。あれは何時のことだっけな?

2001-11-06[n年前へ]

appleの画面のにじみ

 昨日、行きの新幹線の中で田路氏らの「カラーLCD向けのサブピクセルレンダリング…」という発表資料を読んでいた。ClearTypeやCoolTypeにから繋がる話である。その中の「このサブピクセル単位で描画を行うというアイデアはAppleにさかのぼる」という記述が懐かしかった。確かにappleのハイレゾモードはトリッキーだったような覚えはあるけど、どんな風にトリッキーだったかは忘れちゃった。だけど、あれは発想の順序がClearTypeとはそもそも逆だったような気も?
 だけど、よく覚えていないし、気のせいかな?何故か、感傷的になるなぁ…。

PostScriptでお仕事

 結局、PostScriptで落書きをした。そういえば、Photoshopのカスタムハーフトーンスクリーンは自分で書いたPostScriptコードをそのまま使えますよね。とはいえ、きっとご存知ですよね。 > おっぱいチャートを仕事でいつも使ってる某さん。

2002-11-06[n年前へ]

菊地桃子(apple)

菊地桃子 学生 ユニクロのCMは「オッパイ星人と戦うワタシ」としては、どうにも気になるCMだったのである。で、見るたび「あっ、一瞬菊地桃子(apple)が!」と思っていたのだった。が、それ以前にCMはとてもじゃないが信じられないので、アレは絶対劇団員かなにかだとは思っているのだった。
 それはともかく、画面キャプチャーをしようとして「なかなか可愛いなぁ」と思ったのだった。というわけで、可愛いシーンを貼り付けてみる。変な顔のシーンはいっぱい貼り付けられているだろうしね。fromお笑いパソコン日誌

CSVfバージョンアップ

 ダイアログを少しだけ変更。アップロードは明日、にしよう。

2003-11-06[n年前へ]

jphoto2

 前に作ったjphotozphotoみたいなことをWindowsでやってみようというソフト。FLASHを使って写真アルバムを作ってみようというソフトだった。
 といってもデザインもzphotoと違って今ひとつだったし、動作環境もプログラムからPHP+mingを呼んでいたりしたので、どうにも使い勝手が悪かった。
 というわけで、先週末からFlashMXをおそるおそる触ってAction scriptで作り直してみることにした。新幹線の中で頭を抱えながら作ってみたけれど、どうにもブラウザー経由での画像の読み込みがどうも今ひとつうまくいかない。だけれど、そこはなんとか直すこと(希望)としてとりあえずこんな感じです。画像の読み込みが上手くいかない部分はリロードをして、どんな感じかのイメージを捉えて下さいな。前よりもう少しはzphotoもどきになってますでしょうかねぇ?
 なお、実は別の機能ソフトを作ってみたいためにFlashMXのAction scriptを使ってみただけなので、すぐにjphotoはまた放り出すかも…です。とりあえず、先週末にFlash MX関連で助けて頂いた方、ありがとうございました。お礼は精神的にお返しします。

龍安寺の石庭を科学する

 「優れた芸術作品といわれている龍安寺石庭の魅力の謎を認知心理学の概念を使って解析する」という論文。これは楽しめそうなので、後で読むと。 from お笑いパソコン日誌

ドットマトリクス・プリンターのための交響曲

 The Symphony for dot matrix printers is a work which transforms obsolete office technology into an instrument for musical performance.というドットマトリクス・プリンターのための交響曲。電子写真製品のポリゴンモーターによる交響曲なんて作ってみたくなる今日この頃。 from おれカネゴン。

2004-11-06[n年前へ]

「コーラの科学」と「ナニワのオカン」

「コーラの科学」と「ナニワのオカン」 いつの間にか秋も終わっていた。これではマズイ、というわけで、「コーラの科学」と「ナニワのオカン」-「沈むコーラ」と「浮かぶコーラ」-です。「大阪市立科学館友の会」の会誌「うちゅう」10月号用に書いたものをもとに、少しだけ手を入れてみたものです。「うちゅう」の次号が出る頃になりましたので、hirax.netで公開しておきます。

 「hirax.netからこどもにも見せられるコンテンツだけ独立させて欲しい」なんていう失礼な意見も時折聞こえてきます…。が、今のところ「その予定」も「その気」も全然ありません…。サイト側で何か便利なツールがあって、R指定区別・カテゴリ分け等が自動(自分で手動だと…やる気無し)でされるのであれば別なのですけれど…ね。

「強い」人と「弱い」人

はてな、住所登録を必須に 「こういう人はある意味強者だ」の一文を読んで「愚者の楽園」「カッコがつかない…?いやきっとつく。」を思い出す。内容的にも、そしてこの一文を書いたそもそものきっかけからも。

 「こういう人はある意味強者だ、…そうじゃない人も多いはずだ」の一文は、「弱い」人の視点と「強い」人の視線を兼ね備えた洞察に思える。内容がどうであれ「言及(リンク)」がすべて応援になることも多い・「批判的な文脈でリンクされること」よりも「誰からもリンクされないこと」のほうがずっとつらい、という言葉には「弱い」人も同じように思ってくれるだろうか?あるいは「強い」人もそう思うだろうか?「強い人」ならそう思うだろうけれど…と、思いつつ「二つのアドバイス」を読み直す。

「できた人から帰っていいです。」先生はいっつもそう言う。私はいっつも最後までのこる。…私は. できる子の気持ちはわからないけれどできない子の気持ちはよくわかるので.できない子をできないまま育てるのは.きっと人よりうまいと思う。  「ずっと前のこと」 西原理恵子

沼津千本浜

 カメラ付き携帯電話で景色を撮ると、パノラマの景色やマクロ接写が多くなる。LUMIXを持ち歩くと、望遠撮影が多くなる。

沼津千本浜沼津千本浜沼津千本浜沼津千本浜沼津千本浜沼津千本浜沼津千本浜






100枚の写真と100のニュース

 100枚の写真が100のニュースを表す「10x10 / 100 Words and Pictures that Define the Time」  from Going My Way.
10x10 / 100 Words and Pictures that Define the Time / by Jonathan J. HarrisGoing My Way: 10x10の写真で理解するニュース

2005-11-06[n年前へ]

本田美奈子 死去

 

2006-11-06[n年前へ]

小島寛之「算数の発想」

 小島寛之の「算数の発想」を読んだ。あくまで、本書のタイトルは「数学の発想」でなく、「算数の発想」だ。その「数学」と「算数」の違いこそが、この本の「言いたいこと」である。

 …無理を承知で、この本の印象をひとことで書いてしまえば、それは「カオス」だ。「はじめに」を引用するなら、まな板の上にあげられる題材は「物理学・経済学・数学・ゲーム理論・統計学…」であるという。それらは、実にバラバラな分野に見える。しかも、「フィクション・作り話」と絡めて、その分野は数学や国語や人生の哲学に話が広がっていく。その話の跳び具合を堪えられない人もいるだろう。けれど、その跳ね具合の中に「繋がり・方向性」を感じる人には、実に面白い本だと思う。

 序章の中盤はこのように書かれ、

算数の「なんとか算」のような問題、つまり、つるカメ算、旅人算…などは中学の数学になると、方程式によってすべて統一的に解けてしまう。
これは格好良く言うと、「個別性」から「普遍性」へ関心領域の転換が起こったということである。
そして、その序章はこんな風に終る。
算数の発想は、日常生活や人間関係や人生の経験の中からやってくるさまざまなものの見方を集積したものである。
数学の持つ「普遍的な操作性」は、思考や時間の節約という「効率性」あるいは、考え落としや飛躍のない「厳密性」を与えるかもしれないが、世の中を眺める楽しみを育むのは、むしろ算数の「個別的な思考」のほうだといっていい。
あけてくれ - おれカネゴンの「算数できんのやっぱり気にしすぎとや」日記 ところで、この本を読みながら、算数も数学もどちらも同じように苦手な私が、ふと思い浮かべていたのは、おれカネゴンの「算数できんのやっぱり気にしすぎとや」日記2006年11月05日(日)分
個別のノウハウをおろおろと個別に実行することしかできず、生活のためにしなければならないことをさっぱり一般化できない
という一文を含む、「個別」や「一般化」を題材に挙げた一連の日記だった。

「龍安寺の石庭の科学」「コーラの科学」と「ナニワのオカン」など

 今日から眺めたn年前へ、は「ドットマトリクス・プリンターのための交響曲」「龍安寺の石庭の科学」「コーラの科学」と「ナニワのオカン」などです。

「できた人から帰っていいです」先生はいっつもそう言う。私はいっつも最後までのこる。私は. できる子の気持ちはわからないけれどできない子の気持ちはよくわかるので.できない子をできないまま育てるのは.きっと人よりうまいと思う。

「GTD」と「算数」

 さらに、「算数の発想」を読みながら、ふと「GTD」を思い浮かべる。

数式操作は「柔らか頭の見方」というのを不要にしてくれる。脳に汗をかかなくても、決まりきった手続きで結果を出してくれる。それが利点だ。しかし、逆に、それは世界の成り立ちを知るための分析的思考を隠してしまう。